「パンデミック初期のロックダウンされたロンドンに住んでいると、写真が撮れなかったんです。外にも簡単に行けず、人を撮影すること自体が難しいんですね。そんな中、過去の写真を見返す過程で写真の『向こう側』を考えるようになりました」
そう語るのは写真家の青木勇策(あおき・ゆうさく)。青木は10年前から日本とヨーロッパを往復しながら活動を続け、2019年にベルギーのアントワープとスウェーデンのストックホルムの二カ所を拠点にする写真集出版社LIBRARYMAN(ライブラリーマン)から写真集『Night Tales』を刊行した。
また精力的にZINEを刊行し、2022年は京都のギャラリーThe sideで個展も実施。また雑誌『Them magazine』『VOSTOK』でファッション写真も撮影するなど、アートとファッションを横断して活動する。
その彼が2月23日から3月5日まで代田橋flotsam booksにて新刊『the other side』の刊行記念展を行った。これは青木と電子音楽家Maiko Okimotoのコラボ作品集の同名展となる。新作は青木の故意に溶かした写真イメージを軸にした写真による抽象画と言えるものだ。
青木が初めて「写真の魔法」に気が付いたのはあるミュージシャンを撮影する機会から。
「就活が終わって大学を卒業するまでの間にディジュリドゥ奏者のGOMAさんを撮る機会があったんです。僕の大好きなミュージシャンだったので、気合を入れて撮りました。彼は僕が撮った写真を気に入ってくれて、彼のホームページに載せてくれたんです。自分にとってそれはもの凄く衝撃的なことでした。しかし、その直後に彼は交通事故で高次脳機能障害になり、それ以前の記憶の多くを失ったんです。
僕が撮ったGOMAさんと事故後のGOMAさんは、ある意味で違う人なんです。僕が撮った事実を彼は全く覚えていない。でも、僕が撮った写真は彼のホームページに確かに残っている。その言葉ではうまく説明できない現象を魔法のように感じました。写真は、シャッターを押した瞬間に全てが時空を超えて、その押した瞬間の存在は写真の中の時空にしか存在しない。あの体験から本格的に写真をやりたいと思いました」
青木はフィルムカメラの撮影にこだわっている。「撮影したデジタル写真のデータをモニターで見るよりも、現像したネガを取り出して、『これはいつ撮影したんだったっけ?全然覚えていないけれど』と思い返したりして。物質として存在しているフィルムは写真の魔法につながっていると思います」
彼の「写真は魔法」という魅力を閉じ込めて世に出したのが、ライブラリーマンの創業者かつアートディレクターのトニー・セダーテグ。
オラ・リンダル、ヴィヴィアン・サッセンといった欧州の注目株から日本の鷹野隆大、横浪修などの工芸性が高く少部数の写真集を続々と刊行するこのアートブック出版社が刊行した『Night Tales』は、青木のヨーロッパでのドキュメントであり、ユース・カルチャーのど真ん中に飛び込みながらも、濃密な色彩感覚で仕上げた、虚実がないまぜになった妖しい魅力がある。
セダーテグは青木との出会いを「はっきり覚えてないけど」と断りつつ語る。
「出会いは、NYの須々田美和さん(※NYの有名写真集専門店ダッシュウッドブックスのスタッフで自身の写真集出版レーベル『Session Press』を持つ)の紹介か、ウェブで見つけたかだと思うね」
セダーテグは青木の『Night Tales』を「人恋しい魂の親密な瞬間、宴の翌朝のか弱い精神を捉えている」と評す。彼は青木の写真集を編集する際にこう心がけたという。
「彼のイメージの具体的な意味を探し、作品を分析するよりも、僕は写真をまとめることで、直感的に物語を生み出し、その物語に深く感動されたいと願ったんだ」
ファッション誌『VOSTOK』編集長の大城壮平は、青木に初めてファッションの仕事を頼んだ編集者だ。大城は青木との出会いをこう語る。
「7〜8年前、彼がロンドンから一時帰国していたタイミングに、知人の写真家の展覧会場で出会いました。彼は当時ビル・ヘンソンやパオロ・ロベルシの写真論やライティングにまつわる記事をプリントアウトしてポケットに入れて持ち歩いていて、面白い人だなと思ったのを覚えています」
大城が青木にファッション撮影を依頼した理由は「単純に彼が撮影するファッション写真が見たかったから」という。
「彼の独特な被写体の切り取り方に惹かれていたので、そこにハイファッションが加わると、どう化学反応が起きるのかというある種実験的な試みでした。“ファッションフォト”という刹那的かつ消費される分野だからこそ、彼のような強く奥行きのある表現が必要なのかもしれません」
大城は青木にこう期待する。
「彼の作品は、あらゆる浮薄なイメージが氾濫するデジタルの海において、そこに介さず新たな道筋を照らす灯台のような役割を果たしているのではないでしょうか。決してAIに置換されない“何か”を作るという矜持を彼の作品から感じます」
青木にとって、写真はthe other side=向こう側とこちらの現実をつなぐ魔法の道具だ。
「写真は時に死を想起させます。写真に写る被写体は、二度と同じ状態で存在しないわけですから。時に亡くなっている場合もある。だから、写真は彼岸=the other sideとこちらを繋ぐものなんです。彼岸とこちらの現実の往復を形にするものとして、写真は魔法的な魅力があると思います」
今月の流行写真 TOP10
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10:Angèle by Oliver Hadlee Pearch for VOGUE France Feb.2023
パリで話題のベルギー出身シンガー、アンジェルをパーチがモードに描写。 -
9:"IA ORANA!TAHITI” by Tatsunari Kawazu for 『ブルータス』4/1 2023
タヒチ・ロケの陽光と色の饗宴。コロナ禍で失われていた開放感。内輪褒めでなく。 -
8:『写真批評』復刊第1号(TCP PRESS)
50年ぶりの復刊となった写真批評誌は小田原のどか参加の座談会が示唆に富む。 -
7:Tatjana Patitz by Peter Lindbergh for VOGUE Italia Feb.2023
1月にがんで急逝したタチアナ・パティッツ追悼号の写真も今は亡きリンドバーグ。合掌。 -
6:Middle Plane issue 6 collaboration with Yoshitomo Nara 2023
ロンドンの年2回刊写真誌最新号は奈良美智が監修。ホンマタカシ、フミコイマノが参加。 -
5:シャルル・フレジェ『AAM AASTHA(アーム アスタ)インドの信仰と仮装ー分かち合う神々の姿』(青幻舎)
世界の民族衣装を撮りまくるフレジェの新作はインドがテーマ。極彩色のインドパワー。 -
4:Thomas Demand “THE DAILIES”(MACK)
トーマス・デマンドの新刊は、紙模型で精緻に作られた嘘の日常のスナップ集。写真は嘘。 -
3:映画『トリとロキタ』監督ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
ダルデンヌ兄弟が描くベルギーのアフリカ系少年少女のハードな日常は胸に迫るリアリズム。 -
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米ヴォーグが韓国ソウルの大特集。韓国人写真家チョ・ギソクの仕掛けのある写真も光る。 -
1: “Best Performances” by Jamie Hawkesworth for W magazine Vol.1 2023
ホークスワースが米アカデミー賞受賞候補者を一挙撮影。見事なホークスワース調の統一感。