Talk

Talk

語る

いつものキッチンで再び考えた、これからの日用品に必要なこと。文・長尾智子

毎日使うガラス瓶や器を手にしつつ、料理家の長尾智子さんは考えた。どうしてこれが好きなのか。美しい、機能的、料理が映える。でもそれだけじゃないはずだ。これからのいい道具、いい器って何だろう。

Photo: Yoichi Nagano / Text: Masae Wako

日々繰り返す生活の基本で使う日用品は、自分のやり方や気分に添ったものであって欲しい。こちらが揺れ動いても、いつも側にあって働いてくれる道具のことを、ずっと考えている。どんなに美しくても、使って馴染めなければ、残念ながら相性がいいとは言えない。その道具と自分の暮らし方が違うということなのだろう。

心底快適と思える日常に寄り添う道具を選び取るのは、そう簡単ではなく、一人ひとり違うもの。私も失敗は少なくない。へこんでも古びても長く使い続けているのは、主張しない、心地のいいもの。その心地よさも人によって違うから、試行錯誤し続ける。

長尾智子 食器
日用の食器棚に〈小石原ポタリー〉など。
長尾智子 包丁
高知の土佐打刃物。ハンドルの背に角度が付いている。握ると手のひらに角が当たり、手の中の道具の存在を意識させる

器は、調理道具などよりも選択肢が広く、選ぶ楽しみも多いもの。選び方は全くフリーだ。たまに愛で楽しむのではなく、ベーシックな日常の場に置き換える時、器を選び、料理を盛り、食卓に運び、取り分け、食べ、洗い、仕舞い、また取り出し使う、という延々と繰り返される日々の中には、悩まず考えず、当然のように手に取る器を仲間に入れておきたい。

器作りは、地域(産地)と共同作業のプロジェクト〈小石原ポタリー〉(小石原焼)に関わって10年が過ぎた。合う料理の幅を広げるように、少し洋に近づけた形だが、肝心なのは土地の素朴さが仕上がりに残っていることで、使いやすい姿だけでなく、小石原を思いおこす手触りでなければならない。災害や自粛と様々な試練もありながら、たくさんのアイテムを作る機会に恵まれている、幸せな器だと思う。

それとは別に長年作りたい器があった。4年ほど前に作ったスープ皿。主食とともにある汁物(スープ)に固執してきたこともあって、シンプルな形のスープ皿を波佐見の磁器で作り、品数の少ないオンラインの商店を開いた。どこにでもありそうな見た目で、特徴はなし。飽きず、使ううちに当たたり前の存在になるような器がいい。使い心地のよさにやがて誰かが気づいてくれるだろうと妄想しつつ、細々と続けてきた。

長尾智子 料理
〈SOUPs〉のスープ皿。スプーンを添わせやすくすくいやすい深さと角度、安心して持てるリムの厚み、水洗いする時の手の心地よさ。すべて身近に置いて使ってみてわかること。

しばらく後、念願だったオーバル型の器を大小2種類。オーバル皿は、盛り付けのストレスが軽減(かなり)される形をしている。そして食卓での収まりがいい。以前から何かにつけてオーバルがいいと連呼してきたので、すっかりオーバルの人になっていた。理想的な形を作って、もっと身近で使い勝手と形の良さを体験して欲しかった。オーバルは欧米の料理文化にあった形だが、私たち日本人の今時の食習慣にはぴったりなバランス。

少しずつアイテムを増やし、やっと5種類目に取りかかろうとしているこの頃、洗うのが楽しみなどと、使い心地を知らせてくれる人が次々と現れた。自分で考えるいい器は、手に取る瞬間から仕舞うところまで、機嫌を良く使えるもの。気分を共有できたとしたら、こんなに嬉しいことはない。図らずも特別な年になった2020年という今、毎日手にするものについての意識が自然と高まっている。自分に必要なもの、相応しいものとは?と誰もが答えを探しているが、結局は、身近に置いて使ってわかることだけが選ぶヒント。

長尾智子 食器
ラフに盛り付けてもカッコいい。長尾さんが監修する〈SOUPs〉のオーバル皿。

ある日、海塩を入れているジャーの蓋を閉じた時、ワイヤーの金具がガラスに触れた小さな音に思った。ピーター・アイビーの道具は日用品なのか? 独特なグレーのガラスが光を通す景色は、人の気持ちを落ち着かせる効果がありそうだ。美しいものの効能は、見る者の心を豊かにすること。では、道具としてはどうなのだろう。使うたびに耳にする、小さな合図のような音が気になる。これがきっと、日用品としての機能だ。カチッと鳴る時、知らせてくれるのは、今日も変わらず好きな塩をひと振りしたという微かな実感、句読点。それも確かに道具の機能に違いない。

シンプルなピッチャーは、手にする位置に巻かれた細いガラスの帯が、掴んだ時の安心感になる。目には控えめなアクセントだが、触れた手の安心感を引き出すのは、細紐の凹凸のごくわずかな助け。手や耳に小さく触れて知らせている。この日ピーターと話し進むにつれ、お互いに気づいたのは今まで言葉にしたことのなかった「感触が持つ機能」だった。

長尾智子