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料理家・長尾智子と改めて考えるいい道具、いい器。ガラス作家ピーター・アイビーさんの自宅兼工房へ

毎日使うガラス瓶や器を手にしつつ、料理家の長尾智子さんは考えた。どうしてこれが好きなのか。美しい、機能的、料理が映える。でもそれだけじゃないはずだ。そこで、富山のガラス作家ピーター・アイビーさんを訪ね、改めて考察。これからのいい道具、いい器って何だろう。

Photo: Yoichi Nagano / Text: Masae Wako / :

デザインとも機能とも違う、いい器の条件とは。

シンプルな白い皿のシリーズ〈SOUPs〉なども手がける長尾智子さんと、富山の古民家に暮らすガラス作家ピーター・アイビーさん。

2人の「いい道具、いい器」考は、ピーターさんが作るガラスの保存瓶から始まった。繊細な美しさと、蓋を開閉する際に銅のワイヤーを留めたり外したりする仕掛けが特徴だ。

長尾智子 ピーター・アイビー
今回訪ねたのは、古民家をDIYでリノベーションしたピーターさんの自宅兼工房。ガラス器や道具が並ぶキッチンで、手土産に焼いてきたケーキを切る長尾さんとピーターさん。

長尾智子

最近、この保存瓶をキッチンに置いて、毎日頻繁に使う海塩を入れているんです。そうしたら、蓋を開け閉めするたび、銅のワイヤーがガラスに当たってカチッと音を立てるのが、とても快適なことに気がついた。当たりは軽いけれど確かに留め具がハマった感覚が手に伝わる。「この気持ちよさは何?」って

長尾智子 ガラス瓶
長尾さんの手にはピーター・アイビーさんの代表作、ガラスのジャー(保存瓶)。蓋を押さえるワイヤーをゆっくり動かし、「いい道具、いい器のヒントがここにある気がします」。

ピーター・アイビー

そもそもこの瓶は、僕が料理を始めた13年前、ピクルスを入れる美しい容器がなくて自分のために作ったもの。デザインも気に入ってますが、例えば料理しながらボーッとしている時に、カチッという音で意識がリセットされる瞬間が好き。

長尾

わかります。私にとっては、毎日料理をする時にまずカチッとやって、「今日もよろしくお願いします」と挨拶したくなる存在。ピーターのガラスは、そっと大切に飾りたくなるほど繊細で美しいけれど、それだけではない本能に訴える何かがある気がして、その「何か」を探すために富山まで来たんです。

ピーター

いいね、探しましょう。

長尾

実は保存瓶だけじゃなく、ピッチャーにもそれがあると感じています。手に持って水を注ぐと、一見飾りのように見える細いガラスの帯のところで手が止まる。滑らないんです。ここがストッパーだというそぶりは全くないけれど、快適に使うための助けになっている。

長尾智子 ピーター・アイビー 食器
ピーターさんのガラスピッチャーと、長尾さん監修の〈SOUPs〉のオーバル皿。

ピーター

保存瓶は留め具がない方がラクだし、ピッチャーは帯がなくても滑ったりしません。でも、ワイヤーやガラスの帯があれば、使う時や手で触った時に気分がいい。そこは常に意識していますね。道具は人との関係で成り立つものだから、使う人の気分がいちばん。ガラスを作る時も目の情報ではなく、手で触った感覚を大事にしたい。

長尾

たぶん料理も同じ。私は野菜を買う時も和え物の混ざり具合を確かめる時も、すぐ触ってみたくなる。目より、手の方が自分の感覚として信用できるんです。

ピーター

おにぎりとかピザとか、手で食べるご飯はおいしいしね。

長尾

ふふ、ピーターはご飯の話を本当によくしますよね。いつも、ご飯をどこでどうやって食べたら快適かを考えているでしょう。

ピーター

うん。古い民家を自分でリノベーションしたこの家でも明るい場所をキッチンにしたし、工房ではスタッフがまかないを作って、みんなで庭に出て食べたりする。

ピーター・アイビー 富山
ピーターさんの自宅兼工房。地域特有の民家の形を残しながら、DIYで改装。
富山 ピーター・アイビー
床には船便で取り寄せたモロッコの手焼きタイル。竹を編んだようなデザインにしたくて、わずかに凹凸を残しながら一枚一枚手張りした。素足に気持ちいい。
富山 ピーター・アイビー
ダイナミックな吹き抜けを縦横に貫くのは、この家にもともとあったケヤキの梁。

長尾

ピーターが道具を作る時や選ぶ時の根本には、どう暮らして食べるかを始終考えている日常があると思う。私で言うと、常々、器の重さが盛り付けるものを支え、料理を作った人を助けると感じていて、つい重めの器に手が伸びる。洗うのが楽しいことも、いい器の条件かな。

ピーター

うちでは長尾さんが作った〈SOUPs〉のスープ皿やオーバル皿をよく使います。縁に角度があって手がすっと入るから、持ちやすいし置きやすい。盛る、運ぶ、置く、洗う、棚にしまう。食べる以外の時間も全部気持ちいい。そういえば昔、長尾さんから「ガラスでオーバル皿を作って」と頼まれましたね。吹きガラスは遠心力で形が決まるので、できなかったけど。

器 長尾智子 ピーター・アイビー
ピーター家の食器棚。ガラスの保存瓶には毎日使う米やコーヒー豆を入れている。
ガラス瓶 長尾智子 ピーター・アイビー
ガラスのパスタ入れもピーター作。ワイヤーをカチッと動かして開閉する。自分が毎日使いたくて作ったのが始まり。

長尾智子

オーバル皿の良さを広めたかったんです。料理がさまになるから。よく盛り付けが苦手という人がいるけれど、そのたびに「オーバルならきれいに盛れるのに!」って思う。

ピーター

確かに、ラフに盛り付けるだけですごくおいしそうに見える。

長尾智子

でしょう? 自分が作った料理を“結構いいな”と思えるのはとても大事なことなのです。

ピーター

気づいたら料理が上手に盛れてて、洗うのが気持ちよくて、いつの間にかそればかり使っているというのがいちばん素敵。僕はよく、なんかいいね、使いたくなるね、という時に「feeling of use」と言いますが、日本語ではどう言うの。

長尾智子

「使い心地」かな。手触りの良さから料理が合うみたいなことまで含めて、要は「人に、ものを使い続けさせる力」ですね。

ピーター

じゃあワイヤーの音や器の重さもfeeling of use?

長尾智子

そう。私がガラスの保存瓶に感じた「何か」も、使うことでわかるfeeling of use。それと、「私にはこれがあるから大丈夫」と思わせる安心感。今、気持ちの土台が揺らぐことも多いけど、保存瓶はいつもキッチンにあって、使えばカチッと音がする。それを自分の手で確認することが安心感に繋がっている。デザインとも機能とも違う、いい道具、いい器の大切な役割だと思います。

長尾智子 ピーター・アイビー 包丁
ピーター愛用のパン切り包丁と、コルク栓に切り込みを入れただけの包丁置き。
長尾智子 ピーター・アイビー 食器
キッチンには約100年前の鋳物オーブン&コンロ。自作のグリルプレス(左)も。鍋は南部鉄器、ポットは北欧のもの。
長尾智子 ピーター・アイビー