日本最古の動物園で想像力を刺激される
『海獣の子供』や『ディザインズ』などの作品で、動物たちのいる世界を壮大なスケール感で描く漫画家の五十嵐大介さん。五十嵐さんにとって上野動物園は、「動物園といえば上野」というほど馴染みが深い。
「小さい頃から動物が好きで、動物に関する番組は何でも、とにかくやたらと見ていたので、いろんな動物園に連れていってもらいましたね。上野は特にアクセスがしやすかったので、家族でよく来ていました」
最近は、漫画の取材で訪れることも多い。2018年には『ディザインズ』の連載のために、上野に充実するアフリカのサル類を見て回ったという。
「取材で目的がある時はその動物の前にかなり長いことへばりついています。そうするとあまり動かないものも動いてくれる。上野動物園は都市型ながら、動物が自然に行動できるゆとりをきちんと作って展示をしてくれているのもあって、いろんな動きや仕草が観察できるんですよね。近くに博物館もあるので、帰りに動物の骨格を見たり、進化の流れを知ることができるのもいいんです」
動物との向き合い方は、夢中という言葉が似合うだろうか。この日も、ひなたぼっこするカリフォルニアアシカを様々な角度で撮り、歩き回るフォッサを眺め続けていた。フォッサはマダガスカル固有の肉食獣。国内では上野でのみ見ることができる。
「マダガスカルの動物って、隔絶された世界で進化してきたはずなのに、フォッサはネコみたいに爪の出し入れができたりする。見た目もネコに近いけれどネコ科ではないということに進化の不思議を感じます。動物ごとに体つきも能力も違うし、それによって感じている世界もたぶん全く違う。それぞれの動物の感性や感覚、彼らがどういう世界を見ているのか、感じているのかにすごく興味があるんですよね。おそらく想像では補えないくらいの、人間との違いに思いを馳せるのが面白いんです」
何度も通うことで得られる、本質的な“何か”がある
この日は控えめに撮ったという写真は1000枚以上。目で見てカメラで収める以外に、動物の様子をスケッチブックに描き留めたりもする。動かないことで有名なハシビロコウをスケッチしながら「ここのはよく動くのでありがたい」と五十嵐さん。
「上野の動物はプロ意識が高いですね(笑)。スケッチの場合は絵として記録することが目的ではなくて、描くために見ることで身体にインプットされるものの方が重要なんです」
ペンを持てば、また違う向き合い方ができる。そうすることで動物たちから受け取れる“何か”がある。
「動物たちを見ていると、なんというか、印象のようなものが体に溜まっていく。それが後から全く関係ないことと結びついて、作品にもつながって出てくる感じなんですよね。だから、動いている動物のエッセンスが自分の中に残るくらいには見ていたいなと思っています。ハシビロコウもすでに漫画に描いていますが、それでもまた何度も見に来るのは、その時々の自分の感性やタイミングなどによって、見るたびに違う発見があるから。
今日のようにプレーリードッグのハグが気になったり、キリンが走るのが見られたりと、上野動物園を歩いているだけでなにかと物語にも出会える。これまで全く気にならなかった動物にふと惹きつけられたりすることもあるし、目的がある時よりもふらりと来た時の方が、見方が固まっていない分だけいろいろな発見があることが多いですね」
動物を見続けてきた時間が蓄積され、ある時、作品として生まれ出る。そこには、人間と動物との圧倒的なわかり合えなさとともに、自然としての一体感という壮大な物語もある。
「もともと人間も動物と同じように地球上で生態系としての役割を果たしていたのに、今そこから距離がある気がするのはなぜか。それは漫画を描き始める前からずっと興味のあるテーマの一つだったかもしれません。世界を構成する要素の中で人間なんてほんの一部なのに、私たちはどうしても人間中心の世界にいる。動物園は、そうではない部分を思い出させてくれる入口だと思います」