ショーケースから潤んだ瞳でジッと見上げる茶色の個体。昭和30年代に登場したといわれ、一時は“絶滅危惧種”とまでささやかれたたぬきケーキがここ数年、じわじわと注目度を増している。そのきっかけを作ったのが、青森在住のまつもとよしふみさんが編纂(へんさん)するZINE『たぬきケーキめぐり』だ。2013年に創刊以来、全国を巡り生息地を記録し、年1冊ペースで出版。
「幼少の頃、母親の買い物についていき、地元・七戸にあった〈洋菓子のレザン〉(2012年に閉店)でたぬきケーキと出会ったのがきっかけです」とまつもとさん。微妙な塩梅の可愛さといい、「作り手の解釈によって造形や表情がまったく異なる、自由度の高さも面白い」と語る。
たぬきケーキは文献などが残っておらず、誕生の背景は謎に包まれる。氏の調査によれば、戦後、チョコレートの急速な普及とともに洋菓子職人が子供受けするものをと考案し、全国に広まった、という説が有力だ。
基本は頭となるバタークリームをホイップしてスポンジの上にのせ、チョコレートをかけるが、特徴的なのは指でクリームをスッとつまみ、目と鼻を作る技法。「洋菓子はクリームに直接触れることはあまりないので、もしかしたら和菓子っぽい所作なのかも」という仮説も頷ける。
郷愁だけではない、たぬきケーキの生態を解明することは、洋菓子の歴史を紐解くロマンでもあるのだ。
〈フランス製菓〉の「タヌキ」
「これぞたぬきケーキという王道のルックス。入門編にふさわしい」(まつもとさん)。
創業五十余年、地元で愛される洋菓子店。フワフワのスポンジが軽やか。大きな瞳、パグのような後ろ姿も愛らしい。
〈パティスリー コウゲツ〉の「ポンタケーキ」
先代の和菓子店から神戸の洋菓子店で腕を磨いた2代目が20年前にパティスリーを創業。ホワイトチョコでできた耳を持ち、「フレッシュバターを使ったクリームが秀逸な進化系」(まつもとさん)。
〈コシジ洋菓子店〉の「たぬき」
1955年創業。先代が六本木の洋菓子店〈クローバー〉で修業した際にたぬきケーキを知り、独立後に再現。当初、顔部分はマカロンだったが、後にバタークリームになったそう。東京最古のたぬきの一つ……?