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山手線で巡る、東京建築30選〜後編〜

東京都心をぐるりと回る山手線。30ある駅ごとに、これぞ東京といえる建築の数々を建築史家の倉方俊輔さんに聞きました。江戸時代の遺構もあればモダニズムの傑作も。バリエーション豊かな建築群が連なります。

Illustration: Takashi Kawakami (vision track) / Text: Jun Kato / Edit: Tami Okano

新宿駅では立体的な〈新宿駅西口広場〉が有名ですが、坂倉準三は駅の上の〈小田急百貨店新宿店〉も同時に設計しました。しかも坂倉は、設計者が異なる隣接のビルも同じ外装にすることを提案。

アルミの成型パネルを用いて、2つのビルを一体で見えるようにしました。建物単体にとどまらず、都市づくりへの使命感に燃える、建築家としての器の大きさが感じられます。

新大久保駅から山手線内側に進むと見えてくるのが「軍艦ビル」として知られる〈旧第3スカイビル〉です。民間の集合住宅がまだ少ない時代に、元陸軍船舶兵の渡邊洋治は共同体のロマンを建物に投影しました。細長いプランも、型破りのもの。大海原に乗り出すような勢いある姿が、見る人の心を捉えて離しません。

高田馬場駅前の顔としてすっかり定着しているのが、黒川紀章による〈BIG BOX〉です。 1960年代後期からレジャーセンターが隆盛する中で、一つの建物の中にエンターテインメントやスポーツ施設、商業施設をパッケージするように計画しました。
外観側面に見えるエスカレーターやコーナーの切り込みは、黒川らが提唱していたメタボリズムの思想を思わせる意匠です。

清廉な郊外に建てる
新たな思想を求めた建築群。

四ツ谷から目白駅の程近くに移転してきた学習院は、戦前までは皇族や華族のための学校でした。木立の中に建てられた木造の〈学習院大学史料館〉には、軽井沢のような健康的なイメージが重なります。
皇族にゆかりのある建築をはじめ、商業主義的ではない建物が存在することもまた、東京の特徴といえるでしょう。

学習院大学史料館 BIG BOX 高田馬場 旧第3スカイビル 新宿駅西口広場・小田急百貨店新宿店
(左から)学習院大学史料館/久留正道が設計した1909年の図書館の一部を、史料館に転用して、75年開館。緑の中に佇む、典雅な木造建築。登録有形文化財。住所:豊島区目白1-5-1 | 地図
BIG BOX 高田馬場/設計:黒川紀章。1974年竣工。駅前に立つ、飲食店や物販店、スポーツ施設などが入る複合アミューズメントビル。住所:新宿区高田馬場1-35-3 | 地図
旧第3スカイビル/設計:渡邊洋治。1970年完成。元陸軍船舶兵の建築家は、軍艦を彷彿とさせるモチーフを採用。2011年にリノベーション。住所:新宿区大久保1-1-10 | 地図
新宿駅西口広場・小田急百貨店新宿店/設計:坂倉準三。1967年完成。新宿西口広場と、駅および鉄道の軌道上を立体的に活用した商業建築物をセットで設計。住所:新宿区西新宿1-1-3 | 地図

池袋駅西口から駅前の雑踏を抜けたところにある〈自由学園明日館〉も、当時は何もない「郊外」に建てられた学舎です。創設者の思想に共感したフランク・ロイド・ライトは、建物の高さを抑え四方に開けたプレーリースタイルで設計。いかにも清廉な新天地にマッチしたものでした。

住宅地から発展してきた大塚駅周辺では、雑多な立て込み具合が、えも言われぬ心地よさを生んでいます。平田晃久は街の特性を読み取り、自身の「からまりしろ」という概念を〈Tree-ness House〉で実現。

緑や空地が複雑に同居する建築を造り出しました。とげぬき地蔵の門前町として賑わう巣鴨駅界隈は、現世利益や日々の楽しみを叶えてくれる庶民の街。住民のための寺として手塚夫妻が設計した〈勝林寺本堂・納骨堂〉は、明快な造りで周辺に開き、さまざまな活動を受け入れています。

込駅の北の高台に、古河財閥が築いた〈旧古河庭園〉があります。庭園内に立つ〈旧古河邸〉は石張りの外壁とスレート張りの屋根で、スコットランドのカントリーハウスを思わせるもの。
室内では1階に洋室、2階に和室をまとめて和と洋を融合。庭園でも、ジョサイア・コンドル好みのバラ園と日本庭園との調和が図られています。

旧古河邸 勝林寺本堂・納骨堂 Tree-ness House 自由学園明日館
(左から)旧古河邸/設計:ジョサイア・コンドル。1917年完成。コンドルの最晩年の設計で、洋館内部に和室を取り込む手法を展開。住所:北区西ヶ原1-27-39 旧古河庭園内 | 地図
勝林寺本堂・納骨堂/設計:手塚貴晴+手塚由比。2016年完成。創建から400年、今後400年のあり方や、地域に開かれた交流の場が考えられた寺。住所:豊島区駒込7-4-14 | 地図
Tree-ness House/設計:平田晃久。2017年完成。住宅とギャラリーからなる複合ビル。ひだ状の開口部や外階段、植栽を階層的に組み合わせた。住所:豊島区北大塚3-27-5 | 地図
自由学園明日館/設計:フランク・ロイド・ライト。1921年完成。水平線を強調した屋根、幾何学的デザインなど、プレーリースタイルが特徴。住所:豊島区西池袋2-31-3 | 地図

田端駅では〈北区立田端中学校〉を紹介します。この校舎では、高層化して吹き抜けを介した空間のつながりを多く設けています。スペース確保に苦慮する都心の学校のモデルケースになるでしょう。
お隣の西日暮里駅は交通の結節点。雑多でユニークな店舗が入る〈西日暮里スクランブル〉は、多様性のある街の雰囲気を色濃く反映した建築です。

さて、ここから先、上野に隣接する界隈は芸術ゾーンの趣があります。日暮里駅から谷中に向かう先にあるのが〈朝倉彫塑館〉。彫刻家の朝倉文夫自らが何度も建てては壊してを繰り返し、造り上げた建築は必見。建築的な常識から外れた発想であっても、コンクリートでうまく空間をつなげ、心地よさを生み出しています。

鶯谷駅の〈黒田記念館〉は、洋画家・黒田清輝の遺言をもとに建てられた美術館。展示のために窓をなくした外壁面をタイルや装飾で整え、引き算をしたうえで品格を引き立てる、という手法が見事です。

黒田記念館 朝倉彫塑館 西日暮里スクランブル 北区立田端中学校
(左から)黒田記念館/設計:岡田信一郎。1928年完成。スクラッチタイル張りの外観で、昭和初期における美術館建築として貴重。住所:台東区上野公園13-9 東京国立博物館内 | 地図
朝倉彫塑館/設計:朝倉文夫。1935年完成。彫刻家の自宅兼アトリエで、増改築を繰り返したり敷地を拡張したりと普請道楽の結晶。住所:台東区谷中7-18-10 | 地図
西日暮里スクランブル/設計:HAGI STUDIO。2019年完成。高架下の建物を地元で活動する事務所が賃貸、店舗が入居する複合施設として活用。住所:荒川区西日暮里5-21-1 | 地図
北区立田端中学校/設計:シーラカンスK&H。2019年完成。8階建て高層校舎と2階建て体育館棟からなる、立体的な構成をした都市型の中学校。住所:北区田端4-17-1 | 地図

東北地方からの玄関口といわれた〈上野駅〉の正面入口は、東側のホールがある方です。今ではあまり知られていませんが、左右対称の威風堂々としたファサードに、貨物線と車寄せを1階と2階で分けた動線は、昭和初期の名建築です。

御徒町駅では湯島エリアの〈旧岩崎邸〉でしょう。コンドルが40歳代半ばの時の設計で、この時期は彼の活動期間の中盤にあたります。バラ窓のモチーフを天井面に使うなど、部屋ごとに手間のかけられた意匠からは、彼の好奇心旺盛な様子が垣間見えます。

秋葉原駅の付近では、かつての〈万世橋駅〉の遺構を改修した〈マーチエキュート神田万世橋〉に注目。東京の交通の変遷を見せながら生かしていて、脇を電車が通り過ぎるガラス張りのカフェを新たに設けるなど、場所の特性を強めているのも素晴らしい! 

ラストの神田駅では、〈丸石ビル〉を。ロマネスク様式が採用され、獅子や花など動植物のモチーフが随所に用いられているのが特徴です。以前はビルの裏側に水路が流れていたといい、水のネットワークで東京が栄えた時代がしのばれます。

丸石ビル(旧太洋商会ビル) マーチエキュート神田万世橋 旧岩崎邸 上野駅
(左から)丸石ビル(旧太洋商会ビル)/設計:山下寿郎。1931年完成。クラシカルなオフィスビルに、さまざまな動植物をモチーフとした装飾があしらわれている。住所:千代田区鍛冶町1-10-4 | 地図
マーチエキュート神田万世橋/設計:みかんぐみ。2013年改修。1912年に開業した万世橋駅のレンガ造りの鉄道遺構をリノベーションした商業空間。住所:千代田区神田須田町1-25-4 | 地図
旧岩崎邸/設計:ジョサイア・コンドル。1896年完成。日本に建築を伝えたコンドルが、活動の中期に手がけた洋館と撞球室が残る。住所:台東区池之端1-3-45 | 地図
上野駅/設計:鉄道省(酒見佐市、浅野利吉)。1932年完成。関東大震災後に建て直され、威厳と合理性を両立させている。住所:台東区上野7-1-1 | 地図

山手線はもともと郊外の辺鄙なところを走る路線であり、駅周辺はそれぞれ独自の発展を遂げてきました。
だから、山手線で辿ると、いわゆる「ド真ん中」の名建築だけではない、さまざまな背景を持った建物に出会えるのが面白い。そこに、東京の魅力の幅広さが感じられると思います。