新宿駅では立体的な〈新宿駅西口広場〉が有名ですが、坂倉準三は駅の上の〈小田急百貨店新宿店〉も同時に設計しました。しかも坂倉は、設計者が異なる隣接のビルも同じ外装にすることを提案。
アルミの成型パネルを用いて、2つのビルを一体で見えるようにしました。建物単体にとどまらず、都市づくりへの使命感に燃える、建築家としての器の大きさが感じられます。
新大久保駅から山手線内側に進むと見えてくるのが「軍艦ビル」として知られる〈旧第3スカイビル〉です。民間の集合住宅がまだ少ない時代に、元陸軍船舶兵の渡邊洋治は共同体のロマンを建物に投影しました。細長いプランも、型破りのもの。大海原に乗り出すような勢いある姿が、見る人の心を捉えて離しません。
高田馬場駅前の顔としてすっかり定着しているのが、黒川紀章による〈BIG BOX〉です。 1960年代後期からレジャーセンターが隆盛する中で、一つの建物の中にエンターテインメントやスポーツ施設、商業施設をパッケージするように計画しました。
外観側面に見えるエスカレーターやコーナーの切り込みは、黒川らが提唱していたメタボリズムの思想を思わせる意匠です。
清廉な郊外に建てる
新たな思想を求めた建築群。
四ツ谷から目白駅の程近くに移転してきた学習院は、戦前までは皇族や華族のための学校でした。木立の中に建てられた木造の〈学習院大学史料館〉には、軽井沢のような健康的なイメージが重なります。
皇族にゆかりのある建築をはじめ、商業主義的ではない建物が存在することもまた、東京の特徴といえるでしょう。
池袋駅西口から駅前の雑踏を抜けたところにある〈自由学園明日館〉も、当時は何もない「郊外」に建てられた学舎です。創設者の思想に共感したフランク・ロイド・ライトは、建物の高さを抑え四方に開けたプレーリースタイルで設計。いかにも清廉な新天地にマッチしたものでした。
住宅地から発展してきた大塚駅周辺では、雑多な立て込み具合が、えも言われぬ心地よさを生んでいます。平田晃久は街の特性を読み取り、自身の「からまりしろ」という概念を〈Tree-ness House〉で実現。
緑や空地が複雑に同居する建築を造り出しました。とげぬき地蔵の門前町として賑わう巣鴨駅界隈は、現世利益や日々の楽しみを叶えてくれる庶民の街。住民のための寺として手塚夫妻が設計した〈勝林寺本堂・納骨堂〉は、明快な造りで周辺に開き、さまざまな活動を受け入れています。
込駅の北の高台に、古河財閥が築いた〈旧古河庭園〉があります。庭園内に立つ〈旧古河邸〉は石張りの外壁とスレート張りの屋根で、スコットランドのカントリーハウスを思わせるもの。
室内では1階に洋室、2階に和室をまとめて和と洋を融合。庭園でも、ジョサイア・コンドル好みのバラ園と日本庭園との調和が図られています。
田端駅では〈北区立田端中学校〉を紹介します。この校舎では、高層化して吹き抜けを介した空間のつながりを多く設けています。スペース確保に苦慮する都心の学校のモデルケースになるでしょう。
お隣の西日暮里駅は交通の結節点。雑多でユニークな店舗が入る〈西日暮里スクランブル〉は、多様性のある街の雰囲気を色濃く反映した建築です。
さて、ここから先、上野に隣接する界隈は芸術ゾーンの趣があります。日暮里駅から谷中に向かう先にあるのが〈朝倉彫塑館〉。彫刻家の朝倉文夫自らが何度も建てては壊してを繰り返し、造り上げた建築は必見。建築的な常識から外れた発想であっても、コンクリートでうまく空間をつなげ、心地よさを生み出しています。
鶯谷駅の〈黒田記念館〉は、洋画家・黒田清輝の遺言をもとに建てられた美術館。展示のために窓をなくした外壁面をタイルや装飾で整え、引き算をしたうえで品格を引き立てる、という手法が見事です。
東北地方からの玄関口といわれた〈上野駅〉の正面入口は、東側のホールがある方です。今ではあまり知られていませんが、左右対称の威風堂々としたファサードに、貨物線と車寄せを1階と2階で分けた動線は、昭和初期の名建築です。
御徒町駅では湯島エリアの〈旧岩崎邸〉でしょう。コンドルが40歳代半ばの時の設計で、この時期は彼の活動期間の中盤にあたります。バラ窓のモチーフを天井面に使うなど、部屋ごとに手間のかけられた意匠からは、彼の好奇心旺盛な様子が垣間見えます。
秋葉原駅の付近では、かつての〈万世橋駅〉の遺構を改修した〈マーチエキュート神田万世橋〉に注目。東京の交通の変遷を見せながら生かしていて、脇を電車が通り過ぎるガラス張りのカフェを新たに設けるなど、場所の特性を強めているのも素晴らしい!
ラストの神田駅では、〈丸石ビル〉を。ロマネスク様式が採用され、獅子や花など動植物のモチーフが随所に用いられているのが特徴です。以前はビルの裏側に水路が流れていたといい、水のネットワークで東京が栄えた時代がしのばれます。
山手線はもともと郊外の辺鄙なところを走る路線であり、駅周辺はそれぞれ独自の発展を遂げてきました。
だから、山手線で辿ると、いわゆる「ド真ん中」の名建築だけではない、さまざまな背景を持った建物に出会えるのが面白い。そこに、東京の魅力の幅広さが感じられると思います。