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ラッコのキラとメイに会いに。『ぼのぼの』作者・いがらしみきおと、三重〈鳥羽水族館〉へ

今、水族館が面白い!世界有数の水族館大国である日本には、世界初の発見や環境保全の取り組みで国内外をリードする大型から、街中でふらりと通える洗練された都市型、特定の種を集め知的好奇心を刺激する特化型まで、個性の強い水族館があふれている。そして、その中心はもちろん、かわいくて、不思議で、驚異的で、生命の神秘が詰まった生き物たち。推しの生き物が見つかったら、今すぐ水族館へ!

photo: Megumi Seki / text: Masae Wako

いがらしみきおさんと考える、海獣たちのいるところ

「のんびりして一切媚びないのが面白いな。1980年代に初めてラッコを見て、そう思いました」と振り返る漫画家のいがらしみきおさん。ラッコと仲間たちが独自の哲学や不条理ギャグを繰り出す漫画『ぼのぼの』の作者だ。

「図鑑で調べたらラッコは海獣だという。海獣というのは水に棲んでいた生き物が進化して、陸で暮らす哺乳類になり、しかし再び海へ戻っちゃった生き物なんですね。陸では安心して眠れなかったのかと胸に迫るものがありました」

そんなラッコと出会えるのが、三重県の〈鳥羽水族館〉。開館は1955年、飼育種類数は日本最多の約1200種だ。特に海獣の飼育には定評があり、早くから力を入れていた。イロワケイルカは37年前、スナメリはなんと61年前から展示を始め、世界で初めてスナメリの繁殖や人工哺育にも成功。日本唯一の展示となるジュゴンは36年間、アフリカマナティーは27年と、世界的に稀少な海獣を長期飼育していることも驚きだ。

「ジュゴンは口の形が独特で、海草をジュピジュピ食べる姿に和んだなあ。海獣を見ると、地球にいる生き物の幅というか、僕らとは違うルールで生きる存在を確認できる。もっと自由に生きていいんだと、希望が感じられるんです」

愛くるしいラッコが日本に3頭だけだなんて

「メイとキラを見た時、ぼのぼのが現れた!とびっくりしました」といがらしさんが笑う。ラッコのメイは〈鳥羽水族館〉生まれの19歳、キラは2021年に和歌山から来た15歳。姿も仕草も愛くるしい人気者だ。

23年にはラッコ飼育40周年を迎えた館と『ぼのぼの』のコラボ企画も行われた。が、実は今、国内で飼育されているラッコは3頭だけだという。同館で日本初の赤ちゃんが生まれたのを機にラッコブームが起こったのが1984年。94年には国内28館で計122頭も飼育されていたが、繁殖の難しさやアメリカの輸出禁止策により、メイ&キラと福岡の〈マリンワールド海の中道〉の1頭のみになってしまったのだ。

ラッコの寿命は20〜25歳だといわれていて、キラもメイも若くはない。けれどいがらしさんいわく「エサやりを見るたび、身体能力の高さに驚きます。水槽の高いガラスに投げつけられたイカも、すばやくジャンプしてぺろんと取るんですよ」。

この日のエサやりタイムも、玩具で上手に遊ぶキラや二本脚で立つメイに「かわいい~」と観客たち。「かわいいは最強です」とうなずくのは、40年にわたり歴代のラッコたちを見守ってきた名物飼育員の石原良浩さんだ。

「ただ、エサやりは健康チェックの延長にあるもの。エサを取る時に体の均衡が崩れないか、自分がジャンプし得る距離を瞬時に判断できているかなどを観察するのが目的です。飼育下のラッコは天敵の心配もなく長生きできますが、野生ならば育まれるはずの生き抜く能力や筋力は劣っている。結果、長生きが辛くなってしまうんです。だから無理に体力をつけるのではなく、体力や能力の衰えをできる限り遅らせるためのトレーニングをします。最後の一日まで幸せに生きてほしいから。彼らにとってはここが世界だからです」

そう聞いてトレーニング中の2頭に目をやると、爆笑しているように見えてなんだか頼もしい!

「ラッコにはラッコにしかわからない事情がある。それが尊重されているのが素晴らしいですね。ラッコを見てると、自分が選んだことを信じるシンプルな強さを感じます」といがらしさん。

ところで、20世紀初めに毛皮の乱獲で絶滅寸前だった野生のラッコが、近年、北海道沖に戻りつつあるという。海の環境は100年前よりも厳しいから、彼らからのSOSがあれば手を差し伸べたい。その時は歴代のラッコたちの飼育で得た体験が役立つと、〈鳥羽水族館〉は信じている。