珍奇植物の聖地、ブラジル。東部シャパーダ・ディアマンティナを進む〜後編〜

珍奇植物の産地といえば南米かアフリカが、その多くを占める。中でもブラジルはその有数の産地の一つ。風変わりな植物のラベルを確認すると、原産地名としてブラジルがあることはしょっちゅうだ。ブラジルの中にも、多くの有名な植物の自生地があるが、今回はバイーア州にあるシャパーダ・ディアマンティナに狙いを定めた。「珍奇植物の聖地、ブラジル。東部シャパーダ・ディアマンティナを進む〜前編〜」も読む

Photo: Tetsuya Ito / Text: Shogo Kawabata / Coordination: Narumi Tsuruta

自生地に来て感じる
人が作った「種」という概念の
あやふやさ

フィールドでは、想定していた以上に、見たかった植物に出会うことができた。あまり日本では情報がなく、その姿がよくわかっていなかった稀少な植物にも、たびたび遭遇した。

「比較的最近見つかったホヘンベルギア イガツエンシスやホヘンベルギア アルクアータにまで出会えるとは思ってもみなかった。イガツエンシスを間近にした時は、小型なのに基部がどっしりとして存在感があって、こんなにカッコイイ植物だったのか!と震えたね。

アルクアータは、見つけた時、“なんか変だな?”とは思ったのだけど、よくわからなくて。気になって帰国後調べたら、アルクアータだとわかった。自生地ではわからなかったけど、帰ってじっくり調べてみたら実は珍種だった、なんてことはよくあるんだよね」

また、それぞれの種にかなり個体差、地域差もあり、そのバリエーションの多さに驚いた。
「例えば、最も有名なホヘンベルギアであるレオポルドホルスティにしても、かなり姿が違うものがたくさんある。パイ・イナシオの岩場を歩き回るだけでも、真っ黒なものから、緑色のもの、ずんぐりとした砲弾形のもの、細長いもの、葉先が大きく広がるもの、と様々。

シンコラエア バールマルクシー
シンコラエア バールマルクシー
シンコラエアの中では大型の部類となる種。普段はトリコームをまとった白い姿だが、開花時に葉の中心部を真っ赤に染める。この時期は開花時期を過ぎており、開花株は少なかった。開花サイズは約60㎝で白花を咲かせる。

種の同定は花序の形状で見分けることが多いのだけど、その花序も結構いろいろな形状があって、一定じゃない。種と種の中間のような個体がたくさんあって、それらがグラデーションのように連なって生息しているような感じ。1種だけで構成されているんじゃなくて、別種や交雑種も交じっているかもしれないし。

きちんと種を分類するのは大事なことだと思うけど、人が定規で測るようにきっちりと分けるのは難しいね。特にホヘンベルギアみたいにまだ分化の過程にあるような植物は。そのいろんな特徴を持つ個体があるところがマニアとしては最高に面白いところでもあるんだけど」

さらに、分類がしづらい理由のもう一つに、植物にとって生き抜くのが過酷な環境だと、必死に適応しようとした結果、みな同じような形に変化してしまう“収斂進化”がある。まったく異なる植物でも、姿がそっくりになってしまい、見た目だけで種を判別できないというから悩ましい。

「でもさ、これだけカッコイイ姿を見てると、もうこの植物の種名が何かなんて気にならなくなってくる。極端な話、すべての植物一つ一つが違う、ともいえるんだし。長い時間を生き抜いてきたたくましい姿でここに存在している、ということだけでもう十分。

それより、もしかしたら、あと一つ山を越えたら誰も見たことがない植物があるんじゃないか、とか、そっちが気になってしょうがない。もっと見たい!もっと知りたい!っていう人間が本来持つ欲求が強く揺り動かされる場所だよね。絶対また戻ってきたいな」

Igatu(イガツ)

ムクジェ、イガツ、アンダライー、レンソイスなど、シャパーダ・ディアマンティナの歴史ある町は、シンコラ山脈にほぼ一直線に並んでいる。イガツはアンダライーとムクジェ間で一番標高の高い山地にある町。この一帯には、蘭やフィロデンドロン、ベロジア、サボテン、ブロメリアなど様々な植物が生息している。

Morro do Chapéu(モーホ・ド・シャペウ)

シャパーダ・ディアマンティナから北に少し外れたところに位置する。ムクジェやレンソイスよりもさらに乾燥しており、標高も高い(1,100〜1,350m)エリア。一帯は堆積岩で、岩の露頭が多く見られ、そこにブロメリアや蘭、サボテンなどが張り付いて生息している。ここでしか見られない固有種も多く存在する。

十分な準備と
余裕のスケジュールでぜひ!

「とにかく蚊と蛇には注意しろ」。そう言われて、長袖長ズボン、足元はブーツにしてさらにゲーターを着用、という大袈裟な装備で赴いた一行。現地は秋、しかも高地でそれほど気温が上がらなかったため、大袈裟な装備でも特に暑苦しさは感じなかったが、日を重ねると気持ちも緩み、軽装気味にしたくなるもの。

なんだ、蛇なんていないじゃないか、と思いだした頃、ガイドのロイが叫んだ。「そろそろ蛇が動きだす時間だ。ブッシュには入るなー!」。いやいや、車のあるところにまでブッシュに入らず帰るのは至難の業だぞ、と冷や汗をかいた時、ゲーターとブーツがいかに心強かったか。さらに用心する人は、ズボンの下にクリアファイルを巻きつけるらしい。

冒険の合間に寄った町も魅力的だった。19世紀に造られた純白のビザンチン様式の墓地があるムクジェ。古くからの石造りの建物が残るイガツ、そして、「帽子のような形をした丘」という名前のついたモーホ・ド・シャペウ。

この町は、ディアマンティナよりさらに乾燥し、土壌のミネラルが乏しい特殊な環境のため、ここでしか見られない固有種も多くあった。レンソイスから車で片道2時間半と遠く、限られた取材日程の中で行くかどうか迷ったが、結果ここまで足を延ばした価値は十分にある場所だった。ぜひルートに入れることをおすすめしたい。

Travel Guide

レンソンス近辺 撮影場所

空港からレンソイスの町までは車で約25分。レンソイスの町から南のムクジェまでは車で2時間ほど、パイ・イナシオまでは30分ほどで行ける。

新種が多く発見されているモーホ・ド・シャペウはレンソイスの町から北に向かって約150㎞離れており、車で2時間半ほどかかる。幹線道路は舗装されているところが多いが町や自然公園に入ると未舗装の道も多いので走行には注意が必要。

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交通/日本からブラジルまでは直行便はなく、アメリカを経由するのが一般的。取材スタッフはデルタ航空でアトランタを経由しサンパウロから入った。移動時間は乗り継ぎ含め30時間ほど。サンパウロからは国内線でサルヴァドールまで移動し、そこからさらにプロペラ機に乗って約1時間でレンソイス空港(LEC)へ。サルヴァドールからレンソイスまではアズール航空が運航しており、往路・復路ともに週に数便(シーズンにより異なる)。サルヴァドールからはバスで行くこともできる。

【旅の準備】ブラジルの渡航にはVISA(入国査証)が必要となる。領事館のウェブサイトではe-VISAを発行しており、こちらが速くて便利。またアメリカ経由で行く場合はESTAの事前申請も必要となる。ブラジルでは黄熱病、ジカ熱など、蚊を媒介とする感染症が流行しているので、事前に情報を集め、できるだけ渡航前に日本で予防接種を受けた方がよい。

【装備】自生地を歩くときはヤブに入るので長袖シャツを持っていくこと。ガレ場もあるのでハードブーツがおすすめ。毒を持った蛇や虫、蚊なども多く生息するので虫よけスプレー、足元を守るゲーター、手袋、万が一のポイズンリムーバーも持っていくと安心。日差しも強いので帽子や日焼け止めも必須。

【ガイド】国立公園を楽しむならレンソイスなどでツアーに参加するのが一般的。ムクジェの市立公園やパイ・イナシオなど観光地となっているところはツアーでも行ける。そのほか自生地に行くには個別にガイドを雇い、車をチャーターした方がよい。

Hotel

シャパーダ・ディアマンティナ国立公園で中心となる町がレンソイスだ。ホテルやレストラン、ツアー会社も多く、世界各国から観光客が集まり、夜遅くまで賑わいを見せている。一方、南のムクジェは小さく静かな町だが、色とりどりに塗られた家々が並ぶ風景はとても魅力的。素朴でのんびりとした時間を過ごすことができる。ここでは、それぞれの町のおすすめの宿を紹介する。

Pousada Vila Serrano(ポウザーダ ヴィラ セハーノ/レンソイス)

中心部の広場から近い、坂の上にある宿。コロニアル様式の建物が並び、庭にはブロメリアはじめ、ブラジル固有の植物も多く植栽されており楽しめる。ツアーデスクもある。

Pousada Monte Azul(ポウザーダ モンテ アズール/ムクジェ)

ドイツ人がオーナーの山小屋のような木の温もりを感じる素朴で清潔な宿。ポンデケージョやバナナのソテー、プリンなど、朝食のビュッフェがおいしい。