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“ムダ”こそ潤い。スタジオジブリから学ぶ仕事術

『風の谷のナウシカ』から25年。〈スタジオジブリ〉の名は、今や世界中に広まった。CG全盛のアニメーション映画界で、手触りのある作品作りにこだわり抜き、現在も下絵をすべて手で描き続ける宮崎駿監督。2008年に公開された『崖の上のポニョ』でも手描きにこだわり、ほかにはない“ジブリ”ブランドを確立させた。
初出:BRUTUS No.674『真似のできない仕事術』(2009年11月15日号)

photo: Taro Hirano / text: Naoko Yoshida

東京の中でも、とりわけ緑の多い小金井市にある〈スタジオジブリ〉。“宮崎アニメ”にも出てくるような建物の大きな窓からは、働く人々のお昼の団欒(だんらん)が覗ける。その光景は、著書『仕事道楽』(岩波新書)の中で、「この会社は毎日何が起こるかわからないから、ほんとに楽しい」と書いた、鈴木敏夫プロデューサーの言葉と重なる。

近作『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』を世に送り出した宮崎監督や、名作『火垂(ほた)るの墓』『おもひでぽろぽろ』の高畑勳監督と共に、ジブリの顔として20年以上も会社を支えてきたのが鈴木さん。〈スタジオジブリ〉が多くの名作を生み続けてこられた理由を知るには、この“鈴木P”なしには成り立たない。

「なんだろう、やっぱりうちの会社は“ムダ”が多いから楽しいんでしょうね。どんなことでも、まずはプロセスを楽しめる会社なんだと思う。その分僕が、“ご飯は早く食べよう。早く食べれば仕事がたくさんできて、会社はもっと良くなる”なんて、効率や利益のことを言ってますけどね(笑)」

鈴木さんは“ムダ”の必要性を2つの集団の話に譬(たと)える。

「どんな会社でも部署ごとに落ちこぼれは出てくるものです。でも、その人をクビにしたからって、結局はまた次の人を排除するだけになる。うちにも、職人気質だけど、寝坊したり、と勤めに向かない社員がいます。そこで、朝起きられないなら辞めてもらう、じゃなく、“彼らのためにもうひとつスタジオを作ろうか”となるのがジブリ。こういうスタッフは、いざという場面で必ず救ってくれます。

あと、このユルいところが、会社の“潤い”にもなったりします。僕らは“目指せ『十五少年漂流記』”です。15人の少年たちは1人として完璧じゃないから、みんなで力を合わせる。あれが理想です。

その逆だったのが“新選組”。人を斬ることに長(た)けた者が集まって、“機能部分”だけを追求したために、最終的に彼らの多くが死んでしまった。まぁ、僕も宮崎監督も好きなタイプが似ていて、基本的に誠実で人の良さそうな人間ばかり入社させちゃうから、“新選組”にはなりようがないんだけど」

スタジオジブリの屋上で優秀な女性陣に囲まれる鈴木P(中央)と宮崎吾朗(右)
屋上で優秀な女性陣に囲まれる鈴木P(中央)と宮崎吾朗さん(右)。空のきれいなときは、宮崎駿監督やスタッフが自然に集まる憩いの場所。

スタジオジブリの特徴として抜きん出てユニークな項目に、“課外活動”の多さも挙げられる。

「社員旅行、いろいろな部活動、職場での炊き出し……。課外活動は結構やっていますね。第一に宮さん(宮崎駿監督)がこういうイベントが好きですから(笑)。炊き出しは、『ゲド戦記』の頃に宮崎吾朗がよくやっていました。彼はそれまで映画を作ったことのない新人監督だったので、“みんなで飯を食って気持ちを一つにしたい”という思いがあったんでしょう。炊き出し作戦は見事に成功しましたよ。最初はバラバラだった集団が、一致団結しましたから。毎年恒例の社員旅行も続いています。

最初のきっかけは91年、『紅の豚』制作中のこと。実はその時、車の免許を取ったばかりの社員がいて、“遠出をすれば運転がうまくなる”と宮さんが切り出した。彼女の練習に付き合い、それぞれの車で伊豆半島まで行きました。今ではそれが広がり、スタジオとジブリ美術館のスタッフ合わせ、総勢300人で色々な場所に旅行に行っています」

スタッフの私物一つで、
現代を垣間見ることができる

「みんなの私物が大好き」と鈴木さん。そう言われて、スタッフのデスクまわりを見ると、漫画やフィギュア、得体の知れない置物で賑わっていて、思わず覗きたくなってしまうのがよくわかる。

「でも、僕より宮さんの方がもっと私物好き(笑)。彼はよく、みんなの机から断りもなく漫画や本を抜き取って読み始め、“なんでこれが楽しいの?”なんて聞いたりしています。みんな仕事に集中してるから、突然の訪問者に驚き顔で答えてますよ(笑)。

でも、こういう会話が宮さんの大事な情報源になっているんです。彼が言うには、“ジブリで起きていることは東京で起きている。東京で起きていることは日本中で起きている。日本中で起きていることはたぶん世界中でも起きている”と。みんなが好きなものを知ることで現代が見える。それが作品制作に繋がる。だからジブリでは、私物はどんどん持ち込んでもらっていい。そう思っていたら、あっという間に僕の席もガラクタだらけになっちゃいましたが(笑)」

名画はこんな“遊び好き心”によって
生み出されている

イベント:
監督自ら鬼の面をかぶって登場。
遊びが仕事の活力になっています!

画/鈴木敏夫
画/鈴木敏夫

課外活動を積極的に行うスタジオジブリの社員たちは、防災訓練までも楽しんでしまうのだ。鈴木さんいわく、「これに関しては、完全に宮さんが誰よりも一番はしゃいでました」。なんと、訓練当日に“火の神様”の手作りお面をかぶって、スタッフを追いかけ回したそう……。

「向こう(宮崎監督)がそう出るなら、僕たちもやってやらねばと、そんな宮さんの姿をビデオに収めてドキュメンタリータッチの映画を作っちゃったんです(笑)」。宮崎監督を追えないときは、監督に後ろ姿が似た男性社員を代役に、2台のカメラで撮影し続けたとか。そんな遊び心のあるジブリは、年に一度の忘年会も本格的。ここ数年は、東小金井商店街が参加し、スタジオが屋台村と化している。

また、部活動の種類も多く、現在はテニス部、ハンドベル部、ビリー部(なんと「ビリーズブートキャンプ」を行う部活⁉)などの活動が盛ん。「ジブリは遊びがエネルギーになる会社なんです」

ダメな人:
“藤岡藤巻”の藤巻さんがお手本?
会社に必要な“潤い担当”の方々。

画/鈴木敏夫
画/鈴木敏夫

「ダメな人は潤い」と断言する鈴木さん。今まで出会った中でもずば抜けてダメな人の例として(!)、博報堂の藤巻直哉さん(映画『崖の上のポニョ』では、“藤岡藤巻と大橋のぞみ”というユニットで主題歌を担当)について語ってくれた。

「藤巻さんとは20年以上も一緒に仕事をしてるけど、彼が仕事の役に立ってくれたのはこれまでにあのとき一度きり(笑)。藤巻さんて人は、自分の会社には“ジブリ直行”と連絡しておきながら、こっちに来ちゃいない。いい加減な人(笑)。それでも、僕も宮さんもなんだか好きなんです。彼がいるだけで場の空気がのんびりいい感じになる。モノ作りの現場には彼のような“潤い担当”が必要なんです」

私物:
スタッフの私物を知ることが、
明日の“宮崎映画”のヒントとなる。

画/鈴木敏夫
画/鈴木敏夫

宮崎監督の私物好きは前述した通りだが、そんな監督の頭を悩ませていたのが、「スタッフが音楽を聴くときにヘッドフォンを着けてしまうこと」だと鈴木さんは言う。

「でも、宮さんも負けていません。音楽を聴きながら作業をするスタッフの後ろに回って、突然その子からヘッドフォンを外し、自分の耳に当てて曲を聴き始めるんです。“これ、なんていう曲なの?”とか言いながら。でも、そこは知りたがりの宮さん。ついに限界が来たのか、アニメーターたちに対し“ヘッドフォン禁止令”が出たという噂もあります。私物をチェックすることが、作品にも影響しているのですから、公開してもらわないと監督のためになりません(笑)」

仕事術三箇条

“ムダ”こそ潤い。

課外活動は積極的に。

私物を持ち込みましょう。

〈三鷹の森ジブリ美術館〉の常設展示室
〈三鷹の森ジブリ美術館〉の常設展示室「映画の生まれる場所」の一室。アニメーション映画制作現場の雰囲気を伝える。©Museo d'Arte Ghibli