「僕たちは10年以上前からペルーに足を運んでいました。アルパカの質の向上と個体数の維持を目的とした〈パコマルカ研究所〉という機関を通じて、上質なアルパカの毛を使ったコレクションを発表しながら、生産者である遊牧民たちの生活をボトムアップするような取り組みをしていて。その頃からブラックアルパカでビジネスができないか考えていたんです。でも、とにかくその数が圧倒的に少ない。僕たちが最初に訪れたときには50頭くらいしか確認できなくて、絶滅寸前でした」と語るのは兄の聡さん。
さらに弟の清史さんが続ける。「ペルーに通い始めた当初は、セーター30着とかストール50枚程度しか作ることができませんでした。長い年月をかけて、その個体数が数千頭になって、ようやく今回フルラインナップでコレクションを発表することができた。10年越しのプロジェクトになったのは、そんなソーシャル的な課題がようやく解決したからです」
美しい漆黒のニットは、まったく染色をしていない。その柔らかな質感と相まって、一着一着は、黒の魅力をより際立たせる。
「個体数の増加もそうなのですが、この10年の間で、黒がより黒くなったんです。その頃は“黒”だと思っていたファーストプロダクトを今見返すと、赤っぽく見えたり、ブラウンがかっていたり。〈パコマルカ研究所〉の交配技術によって、よりきれいな黒の発色が実現しました」
洗練された色に加えて、今回発表されたプロダクトの特徴は、使用するブラックアルパカの毛の細さにもある。人の髪の毛の細さが42〜44マイクロメートルなのに対し、上質と呼ばれる「スーパーファインアルパカ」の細さは24〜26マイクロメートル。今回のコレクションではさらに細い21〜23マイクロメートルの「ベビーアルパカ」と呼ばれる毛を使うので、まさに最高級の手触りと質感に仕上がっている。
『THE INOUE BROTHERS...』が掲げるブランドコンセプトのひとつに“ソーシャルデザイン”がある。2004年の設立当初からそのキーワードをもとに世界各国を巡り、コミュニティーが抱える問題に向き合い、デザインやプロダクトの力で解決を図ってきた。
「アンデスでの問題点は、こんなに素晴らしいアルパカを飼育している遊牧民たちの生活が良くならない上に差別を受けていたこと。生産者と紡績工場をつなぐ仲介業者が素材を買い叩いていたり、遊牧民たちに自分たちが手がけた商品の売り先の状況が見えていなかった結果です。だから、僕たちは生産者たちと直接やりとりする“ダイレクトトレード”を目指しています。良いものを適正な価格で買って、日本をはじめとした他国でしっかりと評価されていることを示す。時間をかけて、やりとりを重ねることで、少しずつ彼らの生活は向上していくし、尊厳や誇りを取り戻すことができると考えています。フェアトレードがビジネスのルールを定めたものだとしたら、もう少し生産者の気持ちに寄り添った姿勢がダイレクトトレードです」
コレクションの発表に伴い、彼らは約30分のドキュメンタリームービーを制作した。監督は、母国であるデンマークで、テレビをはじめとしたメディアで活躍するクリスチャン・ペダーソン。丁寧につくられたその動画は、『THE INOUE BROTHERS...』と〈パコマルカ研究所〉の取り組みと、彼らのフィロソフィーをしっかりと伝える。
「僕たちのまわりには、クリエイターがたくさんいる。これまでのプロジェクトでも彼らとムービーを制作してきましたが、PVとドキュメンタリーの間のようなショートムービーが多かった。今回は本格的なドキュメンタリーを作りたかったので脚本にはじまり撮影ディレクション、編集までを、プロフェッショナルのディレクターであるクリスチャンに頼みました」
構想段階から数えると3年ほどかかったというそのムービーも必見の出来だ。
「ブラックアルパカは希少種。だからこそ、なるべく広くその素晴らしさを知って、体感してもらいたいから、性別や年齢など関係なく着てもらえるシンプルなデザインに仕上げました」という「PURE BLACK ALPACA」は、単なる“コレクション”ではなく、奥行きのある壮大な“プロジェクト”。彼らの漆黒の一着に袖を通す意味は、とても大きいのだ。