ニヤニヤ・フフフを生み出す舞台裏を、実力派俳優が語る
ソフトバンクモバイルの白戸家シリーズなど、異彩を放つCMプランナー&ディレクターの山内ケンジさん。演劇プロデュース・ユニット〈城山羊の会〉では作・演出を手がけ、妬みや欲望、人が隠したくなるような感情にユーモアを効かせた独特な世界を生み出している。俳優の橋本淳さんは、舞台や映画で数々の山内作品に参加しており、今月『温暖化の秋─hot autumn─』に出演する。
「新作はまさにいま、コロナ禍の設定です。マスクをする・しないなど、価値観の違いによって人々の間に微妙な壁が生じる。アンタッチャブルなところをうまく突いた不穏な物語になりそうです……といっても、山内さんの作品は途中から不条理に飛んで、僕らの予想を軽々と裏切るので、完成までどうなるかはわかりません」
役はすべて当て書き。山内さんは、稽古場の俳優を観察しながら、少しずつ台本を書き進める。
「初めて出演した『トロワグロ』で、僕は大学生の息子役でした。そうしたら、終盤の稽古で渡された台本で、同性愛者だったということが判明。それまでの芝居を全部変えなくてはいけないのかと、ちょっと慌てたんですが、山内さんにそのままでいいと言われました。まさか自分がおじさんとキスすることになるとは思いませんでした(笑)」
本当にその場で交わされる雑談のようなリアルな会話劇。微笑みをたたえ、平和に話しているようで、小さな摩擦がじりじりと広がっていく。
気持ちと30度ずらした会話
「最初の頃は”あっちゃんの芝居は翻訳劇みたい”と言われました。セリフの語尾をしっかり立てて、後ろの客席まで届けようとしていたんです。山内さんはお客さんが100人いたら、そのうちの30人に聞こえればいいとおっしゃっています」
観客が耳をそばだてて聴く。すると舞台上の出来事を覗き見するような没入感が得られる。多くの演劇で俳優は、ストーリーを観客に伝える役目を担うが、山内作品の観客はまるで共犯者。
「基本的に、目の前の人と会話しているのだけれど、横に立っている第三者の目も気にしている、社会性のある会話劇なんです。パーティが終わり、本当は帰ってほしいのに”何かお代わりいります?”とあえて聞くなど、ほとんどのセリフで言葉と感情が一致していません。真逆でもなく、30度くらいのズレ。真意に気づいてほしいけど、直接的にはわからせない、シニカルでいやらしい会話です(笑)。あの角度感は山内さん独特のものだと思います。日本的な湿度の高めなやりとり。お客さんもきっと”その感じ、知ってる”と思ういやーな光景が必ず見られると思います」
セリフも繊細。相槌も言い方でニュアンスが変わってしまうので、納得の「ああ」なのか、受け流しの「ああ」なのか、橋本さんは、一つ一つ意味を分析してセリフを覚えるのだそうだ。
「爆笑ではなく、ニヤニヤ・フフフが目指すところ。お客さんが”もしかしてこれ、笑っちゃいけないやつ?”と気まずく思う空気も、舞台上から手に取るようにわかります。そのやりとりも生の舞台ならではの面白さだと思うんですよね」
橋本さんが選ぶ、山内ケンジ的な世界
『ある結婚の風景』
70年代の名ドラマのリメイク版。大企業の重役の妻と学者の夫の、関係が崩れていくさまを描く。「夫婦の会話がすごく山内さんぽいです」。
『ロスト・ドーター』
バカンスで海辺の町を訪れた中年女性が、若い母親と娘を見て、自らの過去を思い混乱する。「奥様がビーチでアルバイトする男の子を見る視線が山内さん的(笑)。気品ある会話劇という点も共通しています」。
『フェアウェル』
余命少ない祖母の元に集まった家族の物語。「少々俗っぽいのですが、やっかみや家族の違和感が似ている世界かなと思いました」