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写真家・瀧本幹也×物理学者・佐治晴夫。ロケットと大自然、その両極の間にある「宇宙の法則」

ロケットやNASAの施設などの「宇宙」のイメージと、火山や大地などの地球の巨大な自然の姿を組み合わせたシリーズを撮影している瀧本幹也が、尊敬する佐治晴夫先生と初の対話。

photo: Mikiya Takimoto / text: Kosuke Ide

宇宙創生の秘密を探る物理学者と写真家が語る、
宇宙の法則と写真の関係。

佐治晴夫

僕は写真はすごく好きなんです、もちろん素人なんですが。今回、初めて瀧本さんの宇宙をテーマにした一連の写真を拝見させていただいたんですが、美しいですね。どうしてこういう写真を撮り始められたんですか。

瀧本幹也

もともと僕は小学生の頃から天文が好きで、望遠鏡でよくクレーターや土星の輪を見たりしていて、そこから写真が趣味になったんです。やっぱりスペースシャトルが憧れで。

すごいなあ、いつか自分の目で見てみたいなあとずっと思っていたら、あるプロジェクトがきっかけで撮る機会があって。それで撮っていくうちに、現代の最先端の文明である宇宙工学のイメージと、地球の原初的な自然の風景を並べると面白いんじゃないかと思い始めたんです。

佐治

面白いですね。人間の手がまったく加わってない大きな自然に対して、ロケットというのは、「人間の手が一番加わったもの」ですからね。その両極を繋げている。この「両極」という概念はすごく大事で、そもそも宇宙の根源的な原理を考えると、2つの極がバランスよく存在しないといけない。

プラスとマイナスの電気量はほぼ同じであって、どちらかが多いと均衡が崩れて宇宙は崩壊してしまうんです。宇宙はランダムでできているけれど、ランダムだからこそ規則があるんですよ。

瀧本

えっ……ええと。

佐治

ちょっと難しい話ですね(笑)。例えば、10円玉を無作為に投げて着地した時に、裏表どちらが出るかといったら、投げる回数が増えれば増えるほど、半分は表が出て、半分は裏になりますよね。規則性が出てくるわけです。ランダムだからこそ規則がある。

両極は常に同時に存在していて、すべてはその中にある。宇宙物理を研究している者から見ると、この両極を写した写真群も、2つセットで1つの宇宙の法則を表現しているようにも感じられます。

瀧本

なるほど……僕自身、火山を撮っていてもどこか「宇宙を撮っている」と感じるようなところがあって。どちらも同じというか。ロケットの噴射口と火山の噴火口に共通点を探したり。そういったイメージを組み合わせることで、新たな意味合いが出てきたように思います。ただ、すごく感覚的、本能的で、論理的ではないんです。撮った理由はうまく説明できない。

写真家・瀧本幹也

佐治

そうでしょうね。僕が瀧本さんの写真を見てすごく綺麗だな、と思う。だけど、なぜそれが綺麗と感じるかは、本当は理屈では答えられない。直感というか、「勘」みたいなものです。

でも僕らのやっている理論物理なんてのは、数式を解くのだって、勘がとても大事なんですよ。答えはわかっているんだけど、どうやってその答えを導けばいいかわからなくて、その方法は後から考える。そんなことがしょっちゅうあります。

瀧本

それって何なんでしょう?僕らも何をどのタイミングで撮るのか、どういう角度で撮るのかとか、それらをすべて理詰めで説明することはできません。なんとなくこうじゃないかな?と思いながら撮っているだけで。構図も技術的なことも答えがない、曖昧なものなんですが、でもどこかに自分の落ち着くポイントがある気がするんです。

佐治

それは何も神秘的なことではなくて、脳科学でも研究されていることですね。論語にも書いてあるでしょう、「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず」。それまでのレッスンの積み重ねで体得しているものがあるから、やりたいと思ったことがすべて理にかなった形になる。

こういった無意識の領域についてはユングの研究が有名ですが、とにかく意識していなくてもひらめきの準備というのは自分の中にあるんですね。

色の中に織り込まれた
地球と生命の歴史。

佐治

瀧本さんの宇宙のシリーズの写真は青みが強くて綺麗ですね。僕は青がすごく好きなんです、背広も車もみんな紺色。

瀧本

暗室の中で少し強調するように焼いているんですが、これも意図は言葉ではなかなか説明しづらいですね。

佐治

それはなぜかと言いますとね……。

瀧本

えっ、答えがあるんですか。ぜひ聞きたいですね。

佐治

ピカソの「青の時代」やマグリットの青の例を出すまでもなく、青という色は明らかに人間の心理に与える特殊性のようなものがある。

それは「人間の祖先がアフリカで生まれたから」ですね。人間の祖先がアフリカの青い空の大地で誕生したから、その時の記憶があるんじゃないかと思います、もちろん極端な言い方にはなりますが。それに、瀧本さんは苔の写真を撮っていらっしゃいますよね。

瀧本

はい、アイスランドで撮影したものです。

佐治

地球が誕生してから、青い空の下で最初に生まれたのは苔です。苔はクロロフィル(葉緑素)がありますから緑色ですね。苔は二酸化炭素を吸って、排ガスである酸素を吐く。すると今度は、その酸素を食べるものが必要になり、それがヘモグロビンです。そこにはヘム鉄という赤い色素が含まれていて、それが我々、人間を含む動物の血液の主成分です。

つまり、いわゆる光の三原色、「RGB」のRは血液、Gは植物、Bは空の色ということになるわけです。

瀧本

そうだったんですね。その色の中に、地球の歴史がすべてあるような感じですね。

佐治

これも後付けで、じゃあ僕に瀧本さんのような写真を撮ってみろ、と言われたら無理ですけれどね(笑)。一瞬の「今」の中にすべてが含まれている、そんな宇宙の法則のような写真が撮れるのがアーティストなんでしょうね。

理学博士・佐治晴夫