アトリエの壁一面に作りつけられた瀧本幹也の本棚を埋める写真集の数々。自宅にある分を合わせると800冊ほどになるという。
「テイストは様々ですが、よく観るものは大体決まってますね」
そう言って選び出してくれたのが12組の作家による写真集だ。中でもアンドレアス・グルスキーの作品集はほぼ全作揃う。
「写真家として独立した頃に彼の作品に出会い、衝撃を受けたんです。証券取引所や工場など広大な空間を大判で撮っているのですが、全てにピントが合っていて、かつ人もブレていない。理論的にはそれは不可能なはずで、どうやって撮っているのかわからなかった。そういうふうに驚きがある写真にはとても惹かれます」
ジェフ・ウォールの既存絵画のモチーフや構図を真似て撮った作品や、フィリップ・ロルカ・ディコルシアの、ライティングを仕込んだ場所を偶然通りかかった人々を撮る写真、グレゴリー・クリュードソンの映画ばりの大掛かりなセットで撮る作品……。瀧本が好む写真には、いわゆる「セットアップ写真」の作品、作家が多い。
「僕に広告の仕事が多いせいもあるのでしょうが、写真集としてのまとまりより、一枚一枚にじっと見入れる写真の方が好きなんですよね。だからコンセプトの際立った、よりアート的な作品にも好きな写真は多い。一貫して被写体と撮影者との間に距離がある感じは、僕自身がそうだから(笑)。ぐいぐい相手の方へ踏み込んでいく写真よりは、俯瞰的、鳥瞰的写真に影響を受けるみたいです」
(A)Andreas Gursky
Andreas Gursky
A1:『Andreas Gursky』
A2:『Andreas Gursky』
A3:『Andreas Gursky』
A4:『Andreas Gursky』
ドイツの写真家、アンドレアス・グルスキー。「彼の作品は美術館などでも観ていますが、どこまで引き延ばされても細部が粗くならない。その存在感は圧倒的です。大量生産される車がずらっと並ぶ駐車場や北朝鮮のマスゲームを撮るなど、ある種の批評性があるのも魅力ですね。初期の頃の作品に比べ、最近の作品はデジタル感が強すぎて少し残念」
(B)Jeff Wall
Jeff Wall
B1:『Jeff Wall』
B2:『Figures & Places』
「カナダ出身のジェフ・ウォールも、グルスキーと同じ頃から好きな写真家の一人です。すでにある絵画にインスピレーションを得て、構図やモチーフを受け継ぎながら現代的に翻訳したシーンを写真で再現する写真がすごく好き。葛飾北斎の絵が“元ネタ”のものもあるんです。1枚の写真にかける労力の大きさや執念には感服させられます」
(C)Philip-Lorca diCorcia
Philip-Lorca diCorcia
C1:『Philip-Lorca diCorcia』
C2:『Streetwork』
「フィリップ・ロルカ・ディコルシアはアメリカ生まれ。やはり1枚の写真のために丹念にセットアップするのですが、そこに偶然性が加わるのが面白いところ。(C2)はごく普通の歩道に照明を仕込んでおき、通りかかった人をピントが合うタイミングで写した作品。優れたセットアップの写真家は、仕上がりのイメージとそれをどう実現すればいいのかという仕掛けへの発想がしっかりあるんですね」
(D)Gregory Crewdson
Gregory Crewdson
D1:『Dream of Life』
D2:『Gregory Crewdson 1985−2005』
D3:『Twilight』
「グレゴリー・クリュードソンもアメリカ人。映画か?というほどの大セットを作って、引きの視点で大型カメラで写します。そうやって作り出された写真は、1枚ずつに力があるから、観ていられる時間がとても長い。家の中に水を張っちゃうとか、発想のスケールが全然違って、幾度も見返してしまいます」
(E)Walter Niedermayr
Walter Niedermayr
E1:『Momentary Resorts』
E2:『Civil Operations』
「イタリア生まれのウォルター・ニーダーマイヤーも、とても影響を受けている写真家。被写体との距離感に、(A)のグルスキーに似たところがあって、建築物にせよ、自然にせよ、かなり引いた位置から撮るんです。
グルスキーはそうやって撮ったリアリティを、細部に至るまで超現実的に表現しますが、ニーダーマイヤーはどの写真も基本的に白っぽい、ハイキーな色合いで表現します。もっと客観的なのかな…。ちょっと抽象絵画に近い感覚を持った作家なのだと思います」
(F)Uta Barth
(G)Thomas Demand
(H)Ron Mueck
(I)Duane Hanson
F:Uta Barth『The Long Now』
「ミニマルでリアリティのない感じがニーダーマイヤーにも通じるのが、ベルリン出身のウタ・バース。作品に切り取られるのは壁に射す太陽の光、窓辺の風景など日常の断片なのですが、わざとブレやボケを加えているので一気に抽象性が高まる。初めは何が写っているのかわからなくて一瞬戸惑うのに、なんだかじわじわと惹かれていくんですよね」
G:Thomas Demand『Thomas Demand』
「ニュースの現場となった場所などを、紙や段ボールで再現して撮影する作品で知られるトーマス・ディマンドはドイツの作家。ただ奇を衒っているのではなく、コンセプトがくっきりとしているから写真として強い」
H:Ron Mueck『Ron Mueck』
「巨大彫刻でよく知られるロン・ミュエック。彼の作品を撮った写真は、リアルとフェイクが混在して、それだけで不思議なんです。その狭間でせめぎ合う写真を、僕も撮りたいと思っているのかもしれません」
I:Duane Hanson『More Than Reality』
「デュアン・ハンソンも彫刻家。ごく普通の人の像を精巧に作り上げて、その人がいる場所まで演出してしまう。一体何を想ってここまで手間をかけるんだろう?これもリアルとフェイクの境目を揺るがせる作品集です」
(J)Peter Fischli&David Weiss
(K)Thomas Allen
(L)Warter Hartford
J:Peter Fischli&David Weiss『Equilibres』
「スイス人アーティストのフィッシュリとワイス。“均衡”という意味のこの作品集は、台所用品や生活雑貨を組み上げて、絶妙なバランスの構造体を作っているもの。日常におかしな要素が入り込んでくる感じがいい」
K:Thomas Allen『Uncovered』
「海外の古本屋で見つけた写真集。ペーパーバックの表紙の絵をセンスよく組み合わせてシーンを作り、それを撮影しています。こういう撮り方があったか!と思わせる着眼点が素晴らしいと思います」
L:Warter Hartford『Making Love』
「これも海外で見つけたもの。タイトル通り、セックスのあらゆる体位を撮ったものなんですが(笑)、ちゃんとしたモデルを使って、構図もよく考えられているから下品じゃない。きちんと写真になり得ているんです」