大林武司のTHIS IS MY STANDARD
「Like Someone in Love」
「Like Someone in Love」という衝撃
アメリカのJacksonville Jazz Piano Competitionにおいて日本人として初の優勝を果たしたのち、ホセ・ジェイムズ、黒田卓也とのコラボレーションや、MISIAのバンドマスターを務めるなど、国やジャンルの枠を超えて活躍する大林武司さん。ジャズピアニストとしての道を決定づけた“MY STANDARD”が「Like Someone in Love」だ。
「アメリカのジャズ・レジェンド、バリー・ハリスさんのワークショップに参加したんですよ。ワークショップの最終日のコンサートのオープニングにバリーさんが弾いたのが『Like Someone in Love』だったんです」と大林さん。
東京の音楽大学に進学したあと、ジャズへの思いが募り、地元の広島に戻りボストンのバークリー音楽大学に進む準備をしていたときのことだったそうだ。
「ワークショップではバリーさんが名指しで呼んでくれたんです。ビバップの高速フレーズの薫陶を受けました。そして、その最終日のコンサートで聞いた『Like Someone in Love』の演奏にすっかりノックアウトされました。美しいんだけど、ソウルフルで、しかもスインギーで。僕もああいう演奏ができるピアニストになりたいと強く思いました」
世界の舞台で活躍するようになった今でも、自身のレパートリーとしても、この楽曲と対峙し続けている。「ピアニストとしてのスタンダードが決まった曲ですね」大林さんが語る。
バド・パウエル直系のビバップピアニストとしてジャズの歴史を切り拓いてきたバリー・ハリスさんは惜しくも2021年12月に91歳で新型コロナウイルスに感染し亡くなってしまった。「実は亡くなる数ヵ月前にヴィレッジ・ヴァンガードでの演奏を見に行ったんです。当日は、バリーさん自身が長生きしている間に見送った自分よりも若いピアニストのみなさんへ追悼して演奏していたんです。絶対忘れられない素晴らしいステージでした」。バリーさんも今頃、天国で、年下の仲間たちと一緒に「Like Someone in Love」を奏でていることだろう。
大林さんは、2023年1月南青山〈BAROOM〉で開催されたライヴ「This is My Standard Vol.4 New Year Special 大林武司&黒田卓也 Plays and Talks」に登場。黒田卓也さんとふたりで、ふたりが考える「スタンダード」のレパートリーを披露しながら、それぞれの楽曲への思いをトークした。そのなかでもやはり「Like Someone in Love」を演奏した。
ジャズスタンダード「Like Someone in Love」は1944年にジミー・ヴァン・ヒューゼンが作曲、ロマンチックな歌詞はジョニー・バークによるもの。もともとは、アメリカのミュージカル西部劇映画『ユーコンの女王』のために書かれた楽曲。女優・歌姫ダイナ・ショアが歌ったのち、1945年にビング・クロスビーがカバーしてヒット、その後はジャズのスタンダードとしてビル・エヴァンスやジョン・コルトレーンをはじめ多くのアーティストが演奏している。ジャズファンにもなじみの深い楽曲だ。
“limp as a glove”(恋をすると〈直立しない〉手袋のようにぐにゃっとした気持ちになる)といったように、ジョニー・バークが書いた歌詞はとてもロマンチック。恋に落ちたときに自分が自分でなくなるようなふわふわした気持ちはきっとあなたも体験したことがあるはず。
さまざまなアーティストたちによる「Like Someone in Love」を聴き比べてみるのも楽しい。
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1956年 アルバム『Chet Baker Sings』より
ジャズトランペット奏者としての地位をすでに確立していたチェット・ベイカーは1954年を皮切りにヴォーカルセッションにも参加し始めた。1956年にこのアルバムが発売された当時、そのウエストコースト的なローキーなスタイルが一斉を風靡し、今でも多くのジャズファンに愛され続けているアルバムだ。
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2021年アルバム 『POST MASTER CLASS CONCERT』より
大林武司も師事した、ビバップのレジェンド、バリー・ハリス。1991年にオランダでジャック・ショルス〜エリック・イネケとのトリオによるコンサート音源。
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1993年アルバム『Debut』より
そしてアイスランドの歌姫、ビョークも1993年のアルバムで「Like Someone in Love」をカバーしている。ジャンルレスなアーティストにとりあげられるのもスタンダードの魅力。