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音楽家として、作曲家として。松本隆を知る松任谷由実の証言

松本隆が「永遠のライバル」と認める松任谷由実さん。彼は一体どういう男なのか、ユーミンを直撃した。

photo: Chikashi Kasai / hair & make: Naoki Toyama / text: Izumi Karashima

挨拶したら、「ああ、君が噂の荒井由実さん?」って

松本隆が「永遠のライバル」と認める松任谷由実さん。その出会いは1972年頃、はっぴいえんどの当時の事務所〈風都市〉でした。

でも、それより前の69年頃、私は一方的に遭遇してるんです。松本さんが細野(晴臣)さんや小坂忠さんたちと一緒にエイプリル・フールというバンドをやっていたとき、ライブを観に行きました。六本木の〈スピード〉というディスコに潜り込んで。当時私は中学3年。早熟だったんですね(笑)。13、14の頃からそういった場所に出入りしてたから、そのときもヒップな大人たちにくっついていって。いま考えると、当時の音楽シーンはスモールワールド。東京の私立校系ボーイズたちのカルチャーでした。

非常にエッジィで高い音楽的センスを持った品のいい人たちが集まってて。しかもなんとなくみんな知り合いでみんな友達。だからなのか、いまだに自分がプロフェッショナルだというカンジがしないんです。松本さんもたぶんそうだと思う。ちょっとだけ本流じゃないところにいる、そんな感覚をずっと持ち続けているんだと思います。

それから3年ほど経って私もデビューが決まった頃、市ヶ谷にあった〈風都市〉に行きました。当時付き合いだした松任谷(正隆)がお給料をもらいに行くというのでくっついていって。松本さんに挨拶したら、「ああ、君が噂の荒井由実さん?」って。「噂の」っていうのは、松任谷のガールフレンドだということなのか、アルファレコードがデビューさせようとしている「天才少女」ということなのか、どっちかわからないんですけれど(笑)。

事務所の間取りはうっすら覚えてます。ワンルームのコーナーに本棚とデスクで仕切られた松本さんの書斎スペースがあって、デスクの脇には腰壁の低い窓があって。そこから松本さんと一緒に屋上テラスに出たことはよく覚えています。武道館の方向を見ながら、何を話すともなくただただ風に吹かれて。で、私は松本さんの本棚とかチェックしちゃって。エドガー・アラン・ポーとか江戸川乱歩とか。私もそういうのは読んでいたけれど、夢野久作や小栗虫太郎という名前は松本さんの本棚で初めて知りました。

へえ〜幻想文学が好きなんだなあって。その後、スタジオミュージシャンのバイトでとある歌手のレコーディングに呼ばれたとき、譜面台に歌詞の紙がペラッと置いてあったんです。松本さんが書いたことは字を見てすぐにわかりました。少女っぽい大きな字だから。それが神隠しに遭うみたいなお話ですごく不思議な詞で……。そのとき、松本さんの本棚の世界と結びついた気がしました。

松任谷由実

ユーミンと一緒にいるとき、松本隆は女の子になる

松田聖子プロジェクトの始まりはハッキリと覚えてますね。松本さんから呼び出しがあって、飯倉の〈キャンティ〉でご飯を食べながら「お願いがあるんだけど」って。「ライバルに曲書いてみない?」「ライバルって誰よ?」「松の字が付く人」(笑)。

後日、代官山の練習スタジオで本格的な打ち合わせをやったとき、松本さんと聖子ちゃんのディレクターの若松(宗雄)さんと、スタジオのロビーで3人で話していたら、これが超バッドで面白いんですけど、その日偶然同じスタジオで練習していた大滝(詠一)さんとはち合わせてしまったんです。大滝さんは聖子ちゃんの「風立ちぬ」をやった後だったから、大滝さんが一言、「あれ? そういうことだったの」。なんだか浮気現場を押さえられてしまったような状況だったのをよく覚えています(笑)。

松本さんと一緒に曲を作るときはほとんど私の曲先です。今回はメロウでマイナー調でとか、アップテンポでリズミカルにとか、そういった指示もあるのですが、基本的には「好きに曲を作っていいよ」と。詞については、言い尽くされていることかもしれないけれど、松本さんのなかの少女性にものすごく感心してしまいます。

「赤いスイートピー」だと、「何故あなたが時計を `ラッと見るたび泣きそうな気分になるの?」。もう、気味が悪いくらい(笑)。松本さんと一緒に作った曲では、薬師丸ひろ子さんの「Woman」が最高傑作だと私は思っています。あの詞の意味は、左脳ではわからない。でも、曲と合わさったときに右脳に来るんです。なかでも、「眠り顔を 見ていたいの」というフレーズ。「寝顔」じゃなくて「眠り顔」。そこに死の匂いを感じます。「時の河を渡る船」も、冥界を漂う、あの世とこの世の渡し舟のようだし。最近松本さんとお会いしたとき、「あの曲、意味はわからないけど、いいよね」って言ったら、「なぜわかんないの!」って憤慨してたけど(笑)。

とにかく、松本さんと一緒にいると、私の方が男の子になってしまう。松本さんが女の子で。私は決してオヤジではないと自分では思っていますが、松本さんはなぜかいつも私のことを怖がってる。取って食ったりしないのに(笑)。そんな乙女すぎる松本さんに一つ文句を言うのなら、「ふりがなを振らなくても読める漢字で詞を書いてよ」かな。ふふふ、今回はこのへんでカンベンしてやろう(笑)。