「犬は自分と人を区別しない、利他主義な動物です」
山のてっぺんの家で、犬たちが開け放した扉を通り自由に駆け回っている。犬にとっては家の内も外も同じで、人が決めた境界だから彼らには関係がないのだ。高仲健一が千葉の山で動物と半自給自足の生活を始めて約30年。3人の子供はすでに巣立ち、妻と4頭の犬、約20匹の猫や鶏、豚とヤギそれぞれ1頭とで暮らす。
「子供の頃から山暮らしをするのが夢でした。26歳で会社を辞めて、山に入り絵描きになりましたが、全然食えない。それで日雇いの仕事を始めて山の親方の家に行ったら、犬が生まれたりもらわれたりしていたんです。その頃は誰のものか曖昧な犬や野犬がたくさんいて、僕らと山で一緒に遊んでいました。そこから自然と犬を飼うことになりましたね」
以来、数え切れないほどの犬を飼ってきた。かつては山を自由に走り回らせていたが、現在は野生鳥獣用の罠が増え危険なため、柵を巡らした広い敷地内で飼っている。今いる犬はチャーリー、ローラ、アオちゃん、ピーちゃんの4頭。チャーリーは先住犬の子供、ローラはもらい受けた犬、アオちゃんとピーちゃんはペットショップで売れ残っていた子だ。
「以前、ジャックという勇敢なオス犬がいました。彼がいたときにメスの犬を拾ったら、2頭が仲良くなったんです。するとオスとメスでランデブーになって山に消えていっちゃった。結局ジャックしか戻ってこなかったんですが、メスを見つけてくれた人がいて、これも縁ということでそのままメスをその方にあげたところ、妊娠がわかりまして。それで生まれた一頭がチャーリーです」
幼い頃、内向的で自分のきょうだいとも遊べずにぼーっと眺めているだけだったチャーリー。もらわれてきた高仲家では「そのままでいいんだよ」と見守ってきた。今では集団で一番強い意志を持ち、山が大好きな犬になった(人は苦手らしい)。
「ローラは、知人の夫婦が拾ったら元気が良すぎて飼えないからと、うちに来た子です。当時はやんちゃで。でも気は弱いんですよ。だから山だと大型の動物は苦手で、小さいのにはやたらに強い。このあたりは鹿やイノシシがたくさんいて、それを犬たちが追いかけるんです。私や子供たちがイノシシと遭遇して犬が撃退したことや、ローラがキョンという小型の鹿を襲ったこともありました」
元来犬は猟犬として人と暮らしてきた。その犬たちにとって、他の野生動物との勝負は避けられない。山で犬と生活するのは、そういう支え合いで生きていくことなのだ。
彼らは起伏の激しい山を駆け回るので老化が速く寿命が短い。5、6歳になると心臓発作で死ぬか、別の動物との戦いに負けて帰ってこなくなる。ジャックも8歳になる直前に山に出かけて戻ってこなかった。
「ジャックは歴代の中で一番運動能力が高く、いい犬でした。もう足腰が弱っていたし、寂しいけどそれも自然の、生命の摂理でしょう」
犬との山暮らしではたくさんのことを教わる
ピーちゃんとアオちゃんは共に約1歳。同じ年でも体の大きさが対照的で、性格は体の大きさに反比例しているところが微笑ましい。
「2頭とも成長しすぎて、飼い手がない状態だったのが可哀想で、うちに連れて帰ってきました。2頭でいつもハードな取っ組み合いをしていますが、面白いことにお互い自分の体の大きさがわかっていない。ピーちゃんなんてこんなに大きいのに、自分は小さいと思っているんですよ」
ピーちゃんは大らかな性格で、威張ったり怒ったりしたことは一度もない。アオちゃんは破天荒で気が強く、活発。日頃の様子でチャーリーの次にリーダーになるのはアオちゃんだろう、と高仲さんは見ている。
毎日の散歩のときはみなおとなしくリードに繋がれて歩く。
「朝夕の2回、麓のダム湖まで散歩に行きますが、そこに犬や猫が捨てられていることがあります。結局そういう子に気づくと見過ごせないから、うちで飼うか誰かに飼ってもらうことになる。それでもらわれていった犬が、同じ町に住む蒸留家の江口宏志さんのところの麦です」
犬は何も区別しない。人間は犬をしつけるなど上に立とうとするが、犬は人をただ生き物として見ているし、むしろ相手に合わせるほどの利他主義なところがある、と高仲さん。
「彼らと暮らしていると教えられることばかり。あんなに気が弱かったはずの犬が堂々と死んでいく姿や、イノシシがすごいスピードで突進してくるのに、それにひるまず真っすぐ向かっていくのを見ると感動します。僕の作品は犬との物語をモチーフにしていますが、それだけではなく、彼らと一緒に暮らすことで良いリズムが生まれるし、余計な部分が剥がれ落ちて本当の自分と出会える。ありのままの自分を受け入れることができるような気がしています」