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アートディレクター・高橋ヨシキが分析する、サメ映画のポスタービジュアル

『ジョーズ』(1975年)で幕開けとなったサメ映画、実はそれもポスタービジュアルも同様だった⁉︎映画ポスターなどのアートディレクションを務め、パニック系映画にも精通する高橋ヨシキさんに、歴代のサメ映画のポスタービジュアルについて解説してもらった。

photo: Jun Nakagawa / text: BRUTUS

原点にして、頂点『ジョーズ』のポスター

今回、映画のアートディレクションも数多く務める高橋ヨシキさんに、サメ映画のポスタービジュアルを分析するにあたり参照してもらったのが『サメ映画ビジュアル大全』(グラフィック社)。世界中のサメ映画のポスタービジュアルやビデオジャケット、関連するマーチャンダイズを収集し、一冊にまとめたビジュアルクロニクルブックだ。

高橋さん自身、『ジョーズ』が公開された1975年は、まだ幼く、実際に映画館で見ることはできなかったそうだが、それでもなお、当時見たビジュアルの記憶が残っているという。

「『ジョーズ』のポスターのビジュアルは圧倒的ですよね。日本でも当時、ガシャポンでジョーズの顔の指人形があったりしました。うちにも、この絵柄のエプロンもあったんですよ。かなりインパクト強いですよね」

『サメ映画ビジュアル大全』に掲載されている、ジョーズのポスタービジュアル。
『サメ映画ビジュアル大全』に掲載されている、ジョーズのポスタービジュアル。

高橋さん曰く、ポスタービジュアル、そして内容ともに、『ジョーズ』を超えられるサメ映画は今のところないのではないか、ということ。

「『ジョーズ』で始まり、『ジョーズ』で終わると言ってもいいんじゃないかと思います。『ディープ・ブルー』(1999年)などの面白いものもありますが、ここ10年くらいは「やり過ぎ感」ばかりがクローズアップされすぎではないかと思います。作り手と観客が「そういうものとして」楽しむ、一種の共犯関係が確立されてしまった感もあります。その結果、サメ映画がパッケージも内実もインフレを起こしてしまい、「その先」が見えにくくなっているのではないでしょうか。


もちろん、『ジョーズ』エピゴーネンの中に面白い作品はいくらでもあって、『ピラニア』(1978年)なんかはその筆頭です。あと『メガ・シャークVSジャイアント・オクトパス』(2009年)を初めて見たとき、巨大なサメがジャンプして飛行機に噛みついたのには「そこまでやるか!」とビックリしたし、面白いと思ったのも事実です(笑)。


ただ、『ジョーズ』があまりにも圧倒的で、それを超えられた映画はないんじゃないかなと思っています。『ジョーズ』が「サメ」という意味だと思ってる人もまだいるかもしれないし(笑)」

映画ポスターやDVDが所狭しと並ぶ自宅にいる高橋さん
高橋さんの自宅には、映画ポスターやDVDが所狭しと並ぶ。

それでは、話をポスタービジュアルに戻していく。実際に『ジョーズ』のポスタービジュアルのどのような点が優れているのだろうか。

「まず、サメの頭だけを、下から見た視点で描いたというのが発明。全身を描くとどうしても「魚の一種としてのサメ」という風に見えてしまう。怖さを表現するにあたって、下からのアングルにして、それも頭部だけにしたことで強いインパクトが生まれています。


サイズもいいです。「そんなバカな!」というくらいの巨大さで描いている。グラフィック的な表現としてすごく強い。俳優の顔を入れていないのも、このポスターに関して言えばよかったと思います。ポスター絵柄の要素も、考えてみれば古典的なもので、エロスと、間近に迫った死を描いているわけです。その意味で、これはセクシーな美女とモンスターが併置される、モンスター映画のポスターにおける伝統的な表象を踏襲していると言えます」

また、ポスターがもつ本来の機能も満たしている点も高く評価する理由。

「まず、一つは、どういう映画なのかが一目でわかる。そして、そのビジュアルを見て劇場に行きたくなる。この2つが大きなポイントだと個人的には思っているんですが、『ジョーズ』はどちらも満たしていますよね。このポスターは何かが起きる直前を描いているというのもうまいんですよね。この後起きることは劇場で見てくれと。映画館に行きたくなるようなポスターかなと思います。


で、ポスターのイメージを抱いて映画館に行くと、前半はたしかにポスター通りなんですが、後半はアドベンチャー映画になってしまう。いい意味で期待を裏切られることになるのも良い効果をもたらしたと思います」

後発の『ジョーズ』シリーズのポスターはいかに?

「1作目のインパクトが強すぎたので、『ジョーズ2』(1978年)では水面より上を描いているにも関わらず、同じ向きのサメの顔が出てくるという無茶なことになっています。ただ、このポスターもぼくは好きですよ。華やかさと死が同居してて(笑)」

水上スキーをする女性の後ろから水面に顔を出したサメが襲うという構図の『ジョーズ2』
水上スキーをする女性の後ろから水面に顔を出したサメが襲うという構図の『ジョーズ2』。

「後になって知りましたが『ジョーズ2』のポーランド版ポスターはすごく面白いと思います。だって、「パート2」を表現するために、なんとサメの口を2つにしてしまっているんですよ。ポーランドの映画ポスターはどれもぶっ飛んでいて有名ですが、これはポーランド人民共和国時代に美術が厳しい検閲下に置かれた際、なぜか映画のポスターだけはまったく干渉を受けず、自由な表現が唯一可能な場だったという経緯があります。ただ、ポーランドの映画ポスターの話はまた別の機会にします。長くなっちゃうので。」

『ジョーズ2』のポーランド版ポスター
左下の口がふたつ並んでいるのがポーランド版ポスター。

『ジョーズ』シリーズでいえば、『ジョーズ3D』(1983年)のポスターでは、次なる展開を見せている。

「この作品では、『ジョーズ』のあのビジュアルが、ロゴ化しちゃってますよね。サイズ感も含めて関係なくなってます。やっぱり1作目の呪縛というか、なかなか抜け出せていませんよね」

『ジョーズ3D』のポスター
『ジョーズ3D』。サメのサイズ感が現実離れしている。

『ジョーズ』以外の名作ポスターとは?

「『ジョーズ』以外でいうと、例えば『ジョーズ・リターンズ』(1980年)のアメリカ版ポスターもいいですよね。エアマットに寝そべる女性がいて、水面下からサメが迫ってきているという状況を、上からとらえた絵柄です。『ジョーズ』は真横からの図解的な絵でしたが、同じ状況を絵にしようとしたら、普通は『ジョーズ・リターンズ』の方を思いつくのではないかと思います


あとは、背ビレだけを描くというパターン。『ジョーズ・リターンズ』の英語版もそうですし、『オープン・ウォーター』(2003年)、そして、『MEG ザ・モンスター』(2018年)の中国版。ただ、背ビレだけだと瞬間的に何の動物か分からない、という弱みがあります。あと単純に、絵としてあまり怖くない。『オープン・ウォーター』もすごくオシャレにまとめているけど、決して怖くはない」

それでも立ちはだかる『ジョーズ』という壁

「考えてみると、サメをどう描くかというときに、バリエーションがあまりないのかもしれません。ただ、ここ10年ほど人気を博しているアサイラム製作系のサメ映画のビジュアルはもはや異次元で、完全にシュルレアリスムの領域に突入している(笑)。『シャークネード3』(2015年)のポスターを見てください。竜巻がホワイトハウスの正面で吹き荒れる仲、ユニヴァーサル・スタジオの巨大地球儀や車やヘリが巻き上げられて、そのあちこちでサメが牙をむいている(笑)。異常すぎるフォトショップ・コラージュがいい味を出してて目が離せない!

あとVS系もやっぱり目を惹きますよね。例えば『メガ・シャーク VS メカ・シャーク』(2014年)。もうこれは『ゴジラ対メカゴジラ』とのような怪獣映画の世界に突入している。サメ映画がインフレを起こす中、ポスタービジュアルもどんどん過剰になっていっているのがよく分かります。この先どうなるのか、固唾を飲んで見守りたいと思います!(笑)」