きのこ、鉱物、思弁とホラーにまみれる
愉悦の読書のすすめ
ばふんばふん、ぬるり、しし、じ、ししししーむしーむ。
新しき「きのこ文学」の誕生を寿ぐ菌糸たちががやごよざわめく気配が伝わってくる。小説家、文芸評論家、アンソロジストとしても活躍する高原英理の奇想煌めく最新作『日々のきのこ』。収められた「所々のきのこ」「思い思いのきのこ」「時々のきのこ」には、きのこを踏み歩く人の願いと、きのこに覆われた裸体で空を舞い胞子を撒き散らす人の悦びがあり、体の半分以上が菌糸になった菌人の思弁が、特異な性の交歓と菌婚式がある。
「胞子活動」によって行動と生活の様式が刷新された虚構の世界で、「わたし」も「私」も地に横たわるあの人もいつしか自他の区別から解き放たれ、生の意味を拡充しながら共生へ向かう。脳に浸潤した言葉の胞子はもう取り除けやしない。
菌糸にかわり、鉱物と人が近しく交わる『観念結晶大系』。
ニーチェやユング、ノヴァーリスなど実在の人物も登場して、歴史、哲学、絵画に音楽、詩にも小説にも光が当てられる壮大な幻想譚だ。ヴンダーヴェルト=驚異の世界をめぐるファンタジーに永遠が映し出される世にも美しい物語。その内側で形式をがらりと変えながら続く一、二、三部そして終章まで、夢が重なり点と点が有機的に繋がってゆく言葉の運動に息をのむ。
かつて本誌の「危険な読書」特集で、「屈強な美意識で社会の虚構を穿つ」作家と紹介された高原。精緻に磨き上げられたその言葉は、ほの青く透徹する光を放ちながら漆黒の闇にも潜り込み、耽美に可憐に花開く。
作家が恐怖に焦点をあてて生成した『高原英理恐怖譚集成』の最初に置かれる短編「町の底」。「あとふたつ曲がったところと聞いている。/顔が半分という。」という冒頭の、先へ進むことを躊躇させるほどの恐ろしさ。中編「闇の司」の、空白を抱えた町で見る夢の残酷なまでの鮮やかさ。
怪奇、怪異、不条理と戦慄ばかりを12編。小説に導かれるまま日常の裏側へ、奇想の森へ、宇宙と時の最果てへ。