すそ野が広がっている
現代の台湾音楽事情
「2月末に高雄市の蚵寮という港町のフェスに出演してきたんですが、台湾の音楽のおもしろさを感じるすっごくいいイベントでした」
2015年以来の開催となった音楽フェスティバル〈蚵寮漁村小搖滾〉に参加してきたばかりの新鮮な体験を語ってくれたのは、ギタリストの大竹研さん。
日本で活動を開始したのち2006年から台湾に拠点を移し、現在は台湾人フォークシンガーの林生祥さん率いる生祥樂隊や、日本人3人によるインストグループ東京中央線などで活動している。
「国がサポートしているフェスも多いんですが、ここは現地の人が有志で運営していて入場も無料。ステージの雰囲気や立ち並ぶ屋台を見ても、地元の夏祭りみたいな空間なんです。
出演するミュージシャンも台湾語、北京語、また英語で歌う若手バンドから、地元の中学生の演奏まで共存していました。出演者まであんなに楽しそうに酔っぱらっていた現場は久々でしたよ」
一方、長らく台湾で活動する中で、音楽を取り巻く状況が徐々に変化していることを実感しているという。
「台湾ではだんだんと音楽の価値が上がっている気がするんです。僕がこの地で活動を始めた頃、ライブの入場料は300~350元(1200〜1500円)くらいだったけど、倍くらいになっている。CDアルバムも350元だったのが今は500~600元(2000〜2500円)ほど。
また文化部に申請すれば制作のためにいくらか補助金が出るし、〈金曲奨〉も新たな音楽家に注目が集まる機会になっている。音楽がやりやすい環境になってきて、すそ野が広がっているように思います」
〈金曲奨〉は台湾のグラミー賞と呼ばれる音楽賞。大竹さん自身も複数回受賞しており、2020年には楽曲「Okinawa」で最優秀作曲家賞を贈られている。
またその変化は、ライブの現場でも感じているそうだ。
「台北に、B’zの松本孝弘さんや細野晴臣さんも公演をしたことがある〈Legacy Taipei〉という大きいライブハウスがあります。先日観客として行ったときに音響が格段によくなっていることに驚きました。機材がよくなったり、エンジニアやPAのスキルが上がったのかもしれません。またコロナになってからはライブ配信の技術も素晴らしいです」
多様化が進む、
新世代バンド3選
台湾の音楽シーンでは、メジャーとインディーの境目も徐々に希薄になり、海外で経験を積んだ人や、才能に溢れた先住民の出身など、様々な属性が入り交じり、どんどん多様性が広がっているという。いくつかおすすめのバンドを紹介していただいた。
「まずは百合花というバンド。テンポのいい北管という伝統音楽と、ロックを融合させたサウンドが面白いです」
「裝咖人も、北管音楽を取り入れた5人組です。伝統音楽の奏者と一緒に演奏することも多くて、男性2人のツインボーカルのスタイルがとても新鮮ですよ」
「漂流出口はギターが兄、ベースが妹、ドラムはその従兄弟という親戚トリオなんです。先住民のアミ族出身ともあって兄妹二人の歌がすごくうまい。サイケデリックな要素もありながら、全く先が読めない展開の音楽に驚きます」
台湾から自身の原点を見つめ直す新作
バンド以外にも楽曲提供やソロで活動している大竹さん。昨年4月には同じく台湾在住のインド音楽家である若池敏弘さんとのデュオアルバム『Yü』を発表するなど、新たな試みにも精力的だ。
昨年末に発表したソロ名義のアルバム『ねじを巻く人(捲動發條的男人今天要繼續做什麼?)』では初めて真剣に歌に取り組んでいる。
「コロナで仕事も全部なくなって、深夜に久しぶりに自分の原点であるBOØWYの『“LAST GIGS”』を流して大声で歌いながら、誰もいない街を散歩していたんです。
そのとき、ただ音楽が好きで、BOØWYを歌っていた頃の感覚を思い出しました。誰のためでもなく、ただ歌にエネルギーを乗っけていたあの感じ。同じ気持ちで今プロとして音楽をやれているのかと自問自答をすることになって、改めて“音楽って楽しい!”という思いで作ろうとしたアルバムです」
本作はほぼ中国語で歌われているが、収録曲「流離」では台湾のバンド、ゲシュタルト乙女のシンガーMikanさんをゲストに迎えて日本語で歌唱している。大竹さんのこれまでのアイデンティティを色濃く感じる仕上がりだ。
「僕の人脈と、使えるお金と、今も台北に住んでいるということ。台湾にいるからこそ作れた、パーソナルでローカルな作品になりました」