台三線エリアにある新竹県竹東は客家文化の残る地であり、ここに「洗衫坑(シーシャンコン)」がある。洗衫坑とは灌漑用水路を利用した共同洗濯場のことだ。そこは生活の場でありながら、客家文化を象徴する場でもある。
竹東の洗衫坑〈曉江亭(シャオジャンティン)〉にはバス停があり、伯公廟(客家人が祀る土地の神様の廟や祠)もある。朝日が昇るころに、客家の女性たちは洗濯物を詰め込んだかごを手に洗衫坑に集まり、情報交換や夫の愚痴などこぼしながら、洗濯を済ませ廟の神様に挨拶をして帰る。そんな日々を送っていた。町の重要なイベントや祭りがあるときには、洗衫坑が集会場所として使用されることもあったという。
洗衫坑で行われていたのはただの“労働”ではなく、一種の社交や信仰を含んだ共同体の活動だった。地域社会を形成するために重要な役割を持つ場所だった。ここで客家の多くの物語が生まれ、社会、歴史、文化の観点から、客家人の生活とその変遷を理解する窓となっているのだ。
一方で、都市化と現代化の波により、今その習慣が失われつつあるのも事実だ。それに伴い、かつての共同体の生活様式も大きく変わってきている。
今回の芸術祭で、デザインチーム〈無氏製作〉と〈同心円製作〉は、この洗衫坑の文化を継承していくために、洗濯場を整備し、デザインによってアップデートした。また、地元の竹東中学校の先生と生徒が発行するローカル誌『逐步東行 Our Chudong』や利用者の女性たちにも企画に参加してもらい、展示やマーチャンダイズなど、文化を未来につなげるためのアイデアを形にしている。
外から訪れた人たちにはもちろんだが、ここで暮らす客家の人たち自身にも、この独自の文化の価値を改めて考えさせる機会になっているように思う。
〈曉江亭〉を訪れたのは午後で、台湾の夏らしい猛暑だったが、洗濯場のある川辺に下りていくと水辺の風がひんやりとし心地よかった。
そして、その時間にも客家人の女性が一人洗濯をしていた。日を受けて光る石場のくぼみに腰掛け、黙々と衣服を手洗いしている。今日は話し相手がいないので、つまらないと思っているかもしれない。
水辺にはいくつか各家庭のかごや洗剤などが置かれたままになっていて、それが“企画”によって作られたものではない、ちゃんとした日常の風景であることを示しているようで、なぜかほっとした気持ちにもなった。客家人ではなくても(ないからこそかもしれないけれど)、その景色はなにか尊いもののように感じたのだ。