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「台北の裏庭」とはもう呼ばせない!名物料理で胃袋をつかまれ、温泉で日常を忘れる、台湾・宜蘭へ

台北からわずか1時間でアクセスできる宜蘭には、独特の食文化や温泉、さらに足を延ばせば、郷土愛の強い宜蘭の人たちのよりどころといえる、亀山島もある。裏庭とはもう呼べなくなる、宜蘭の魅力を真正面から感じる旅に出よう。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Ikuko Hyodo / coordination: Mari Katakura

雪山トンネルという台湾一長いトンネルを抜けると雪国、ではなく曇天の空が広がっていた。台湾東北部に位置する宜蘭。

台北から高速バスに乗れば約1時間でアクセスできるが、2006年に開通した全長12.9kmのこのトンネルができる前は、倍以上の時間を要していたそうだ。トンネルの向こう、つまり台北側は青空だったのに、こちらは灰色の曇り空というのも、雨の多い宜蘭らしい光景といえるだろう。車窓から海が一瞬見え、霞の先に亀山島がうっすらと浮かんでいた。

台湾の亀山島
亀山島に接近する船。硫黄や火山ガスで岩壁が変色。海の色はミルクブルーに。

三方を山に囲まれた蘭陽平原にある宜蘭は、肥沃な土壌で稲作などの農業が盛んに行われてきた。一方で、閉ざされた地形は独特の文化を育み、宜蘭人の誇りの高さを生む一因にもなっているらしい。そんな町や人々の暮らしぶりを肌で感じてみたくて、まずは市場を目指すことにした。

宜蘭北館市場

庶民の台所で絶品郷土料理に出会う

宜蘭出身で、台湾を代表する絵本作家である幾米(ジミー)の世界観が表現された、遊園地のような宜蘭駅。そこから徒歩10分足らずのところにある、庶民の台所、宜蘭市場は北館と南館に分かれていて、北館に連なる小吃(シャオチー)の店では、宜蘭の郷土料理に出会うことができる。

台湾の宜蘭北館市場
宜蘭らしい食事を楽しむことができる、宜蘭北館市場。古き良き市場の雑踏にテンションが上がる。

〈四海居小吃部〉の西魯肉(シールーロウ)という、とろみのついた具だくさんのスープは、かつては宴会料理でお馴染みだったが、手間がかかるため珍しくなってしまった一品。それを豚レバーの醤油漬けやマグロの卵などのつまみと一緒に、ビールなしで朝からガッツリ食べているローカルの人たちを見ると、こちらまで力がみなぎってくる。

その隣に並ぶ〈一香飲食店〉は、宜蘭出身者が里帰りをすると足を運ぶという、ワンタンスープと麻醬麺(マージャンミェン)の店。作った先から、ワンタンがどんどんゆでられ、こちらもかなりの盛況ぶりだ。

宜蘭の名物料理

5種類の味わい方でチェリーダックを食べ尽くす

宜蘭といえばチェリーダックも名物だ。北京ダックを起源とするチェリーバレー種のアヒルなのだが、これを握り寿司にしてしまったのが〈蘭城晶英酒店 紅樓中餐廳〉の林瑞勇シェフ。

「チェリーダックの脂の旨味を引き立てる、新しい食べ方をずっと模索していたのですが、日本の握り寿司を食べたとき、酢飯と合わせることを思いつきました」

2011年に握り寿司の提供を始め、斬新さとおいしさに模倣する店が続出。正直なところ、寿司と聞いて高をくくっていたのだが、口に含んだ瞬間、あっさり撃沈。パリッとした皮から溢れ出る旨味たっぷりの脂、そしてそれを受け止める酢飯のバランスが絶妙なのだ。

研究熱心な林シェフが、10年以上改良を重ねてきたというだけあって、これはもはや芸術品と呼べる域。宜蘭に、あっという間に胃袋をつかまれてしまった。

台湾〈蘭城晶英酒店〉櫻桃覇王鴨五吃
握り寿司には、特にジューシーな胸の皮を使用。辛味噌やチーズをのせて握っている。

宜蘭、礁渓温泉

台湾らしさを取り入れた温泉の新しい楽しみ方

台北の人たちが宜蘭を訪れる目的の一つとして、礁渓温泉の存在も大きいだろう。台湾の温泉文化は日本統治時代に開花したといわれるが、大型旅館やホテルが立ち、屋台や土産物屋が賑わうレトロムードは、日本人をほっとさせてくれる。温泉が流れる小川沿いにある湯圍溝温泉公園は、足湯に浸かる人で溢れ、その周りにはドクターフィッシュの店や輪投げなどのゲームコーナーもある。

台湾・宜蘭の礁渓温泉公園
温泉街の外れにある、緑豊かな礁渓温泉公園で足湯を楽しむ人たち。水着なしで入浴できる森林風呂もある。

ノスタルジックな温泉街から少し離れたところでは、新たな動きも起こっている。〈了了礁渓〉は高級マンションが多く立つ新開発エリアに、2021年にオープンしたユニークなコンセプトのホテル。建物の周囲は竹の生垣で覆われ、その生垣が途切れているところが入口なのだが、ホテルのエントランスにしては随分控えめで、素通りしてしまいそうになる。

「“如如不動、了了分明”という禅の言葉があるのですが、宇宙の法則を知れば心が穏やかになるという意味を持ちます。ここでは日常を忘れて過ごしていただきたいと思っています」と、ギャラリーマネージャーの黃心奎さん。竹の生垣は、竹林で覆って台風などから家を守った昔の宜蘭の家をイメージしているのと同時に、外との結界を張る意味も込めている。

台湾〈了了礁渓〉外観
禅とアートをテーマにしたデザイナーズホテル〈了了礁渓〉。台湾や宜蘭の伝統を意識しながら、スタイリッシュな空間を実現し、礁渓温泉に今までにないタイプのホテルとして話題だ。

設計を担当したのは、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(2020年)の台湾パビリオンを担当した〈自然洋行〉の曾志偉さん。併設されているギャラリー〈sunis〉の活動にも力を入れていて、“了了”にちなんで数字の重なるゾロ目の日に利き茶会など宿泊者以外でも参加可能なイベントを実施している。

鳥かごのような外観。半地下にあるフロントに回り道をして辿り着く過程は、非日常への入口を演出している。

黃さん自身は台北出身だが、宜蘭についてはこう話す。

「山を挟んですぐ近くにあるため、“台北の裏庭”という表現をされることが多いのですが、宜蘭の人は台北の付属物のように扱われることを好みません。山と海が近い宜蘭は台北のような華やかさはないけれど、かといって素朴すぎるわけでもない。中間的なところが宜蘭の魅力だと思います」

「ひと昔前の温泉旅館は、日本的なスタイルを取り入れることが多かったのですが、最近は〈了了礁渓〉のように自分たちの文化に基づいた要素を取り入れて、表現する動きが少しずつ増えています」

台灣碗盤博物館

舊書櫃

Hito石花凍

ミルクブルーの海、急勾配しかない登山、そして広がる絶景。台湾・亀山島へ