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“山岳収集家”鈴木優香。台湾の自然と郷土文化を素材に、作品作りに挑む

BRUTUS1000号「人生最高のお買いもの。」の記念企画で、誰かにとって「人生最高のお買いもの」になるような商品が集まる場所を作りました。その名も「あしたのベストバイマーケット」。「山」をモチーフにした作品で知られるデザイナー・鈴木優香さんが向かったのは、台湾東部に位置する花蓮県新社の工房。ファイバーアーティストの陳淑燕(ツェン・スーイエン)さんによる地元素材を用いた草木染めのレクチャーを受け、台湾の郷土文化を盛り込んだ作品作りに挑む。

photo: Masafumi Sanai / text & edit: Keiichiro Miyata

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花蓮市から海沿いを南下し、車で約1時間。新社という集落に到着する。目の前に広がるのは太平洋の大海原、背後に迫るのは海抜約1000mの海岸山脈。雄大な自然に抱かれた地には台湾原住民族の一部族であるクヴァラン族が暮らす。

鈴木優香さんが訪れたのは〈光織屋−巴特虹岸手作坊(クワンズーウー パーターホンワンソウツオファン)〉。ここは18年前に新社に移住した陳淑燕さんと、パートナーであるクヴァラン族のドワクさんの工房だ。

ファイバーアーティストの陳淑燕
陳淑燕さん。淑燕さんの元には各地から樹皮の布作りや草木染めを習いに来る。

2人は自然素材と伝統的な工芸技術を用いた創作活動を続けている。淑燕さんは樹皮の布や手作りの立体的な紙を草木染めし、ランプシェードやオブジェを制作。ドワクさんは竹や籐で編んだ「Sanku」という伝統漁具の筌(うけ)をモチーフにした作品を手がけている。

普段、山で拾った草木で布を染めている鈴木さんは、この地でどんな植物と出会えるかを楽しみにしてきたという。淑燕さんが提案したのは3種類の植物。一つは「ソメモノイモ(薯莨(シューラン))」。これはサトイモのような見た目で、赤茶色の染料となる。

2つ目はヤシ科の植物である「ビンロウ(檳榔(ビンラン))」。台湾では噛みたばこに用いられるが、種子は赤みを帯びたベージュ色の染料となる。3つ目は「フクギ(福木)」。沖縄でも見られる常緑樹だが、花蓮では学校や病院の脇に植えられている。これは鮮やかな黄色の染料となる。

当初は山で植物採取をする予定だったが、この日はあいにくの雨。ソメモノイモとビンロウは工房のものを用い、フクギの葉だけを採取に出かけた。この時は運よく雨足が弱まり、無事に採取。淑燕さんによればクヴァラン族の祖霊が見守ってくれたのかもしれないとのこと。

すべての材料が揃ったところで染料作りを開始。ビンロウは水に1日浸けておき、それぞれの植物は細かくカットし、鍋に入れて3時間かけて煮込む。これを5~10分ごとにかき混ぜ、50分ごとにザルで濾(こ)すので手を休める暇はない。作業が終わったのは夜22時近く。民宿までの帰り道、見上げると満天の星だった。

部族に伝わるバナナ繊維と東海岸の色に染まった布地

快晴の翌日。集落の裏山へと案内してもらう。鬱蒼とした木々の中では月桃やサルスベリ、カジノキなどが目に入る。ドワクさんがバナナの前で足を止め、偽茎(茎のように見える部分)をカット。中の繊維を見せてくれた。「伝統工芸品であるバナナ繊維は、“少女蕉(サオニューチアオ)”と呼ばれる実がまだついていないものを使用します。栄養分が実に行かないので、繊維が丈夫なんです」と言う。

染料を絵具として樹皮の布に模様を描く様子
染料を絵具として樹皮の布に模様を描く手法も伝授された。

もともと、クヴァラン族は台湾東北部の蘭陽平原に住んでいたが、漢民族の移入を受けて花蓮に南遷。長らく近隣に暮らすアミ族に分類されていたが、2002年に政府から部族として認められた。その後、部族の象徴であるバナナ繊維を復興させるため、工房が設立され、その顧問として招かれたのが淑燕さんだった。

伝統的な織物に興味がある鈴木さんはバナナ繊維作りの達人であるアバスさんの元へ案内してもらうことに。母親に作り方を習ったというアバスさんは92歳。「剥いだ葉鞘を薄くそぎ、これを天日干ししてから細かく裂いたものを紡いでいきます。難しい作業ですよ」と流暢(りゅうちょう)な日本語で話す。なお、日本統治時代に日本語教育を受けた集落の年配者は今でも日本語を常用する。

バナナ繊維の糸を入手し、再び作業場へ。布地を3種類の染色液で染めた後、それぞれをミョウバン、石灰、鉄という3種類の媒染液に浸けて色を変化させていく。フクギに鉄の媒染を加えたものはカーキ色に、ソメモノイモに石灰の媒染を加えたものは紫がかった茶色に。「想像とは異なる色彩になるのが面白いところですね」と目を輝かせる鈴木さん。この布地を裂き、バナナ繊維の紐と組み合わせて作品を完成させる。

長年、台湾の工芸やクヴァラン族の文化の振興に尽力してきた淑燕さん。「村の人々が外部の人たちと交流することで自信を持ち、文化をより発展させる。そして部族の存在を多くの人たちに知ってもらいたい」と願っている。

一方、「様々な山を訪れ、大自然の色との出会いを大切に積み重ねていきたい」という鈴木さん。2人の思いが共鳴して出来上がった作品には花蓮の自然とクヴァラン族の伝統が刻み込まれている。

Amulet

ショップ名:Yuka Suzuki
価格:¥3,190
お守りや魔除けを意味するアミュレット。今回訪れた台湾の植物で染めた布やインドのベルなど、旅先から持ち帰った素材を組み合わせて、自分なりのアミュレットを制作。山に登る時。知らない場所を旅する時。このベルの音色が気持ちを落ち着かせてくれますようにと願いを込めて。

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