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建仁寺両足院が遺志を継いだ、夭折の美術家・髙橋大雅とは

2022年12月、京都・両足院で開かれた『不在のなかの存在』は、惜しくも27歳で急逝したデザイナーにして現代美術家の髙橋大雅による初個展。禅寺を舞台に、生前制作したドレープを軸にした作品や、収集した仏像の一部、アーティストステートメントが展示された。

photo: Masuhiro Machida / text: Mako Yamato

『不在のなかの存在』展から

始まりは奈良・秋篠寺に安置されていた、伝救脱菩薩立像の衣服の断片を手に入れたことだったという。8世紀に作られた仏像のドレープに魅せられた髙橋は、西洋・東洋を問わず古典的な彫刻についての考察を行うようになった。

その中で芸術という概念が誕生する以前、古代ギリシャ彫刻やルネッサンス期のミケランジェロ作品、日本の仏像など、異なる時代背景や土地で作り出されたにもかかわらず、美の共通認識としてドレープが描かれていることに気づきを得た。

「人体に被せた布地の壁がうねっている。そこにあるのは、現実と虚像が共存する世界。ドレープとは、古代から現代で共通して美を認識することができる伝統的な表現である」との言葉を残している。

立体作品「時間の天衣」
唐門の立体作品「時間の天衣」はブロンズ製。美しく磨き上げられた表面は、経年による変化が期待されている。

21年から現代美術家としての活動を本格的にスタートした髙橋。個展を企画する中での急逝により、その遺志は家族やスタッフ、彼の美意識やクリエイティビティに賛同する人々により引き継がれ、実現する運びとなった。発表の場となったのは、生前に親交があり刺激を受けてきた禅寺・両足院だ。

副住職の伊藤東凌さんはこう話す。「彼が常に考えていたのは、人々の五感をどう刺激するかが大切であるということ。体験を含め、日本の美意識や間の取り方を京都から発信していきたいという考えは日頃、私が座禅で発信していることにも近しく共鳴しました。展覧会をなんとしてでも形にしたかったのは、その思いからです」

不在ゆえの強烈な印象

長く残り続けた衣服に美学を感じ、「応用考古学」と称して過去の遺物を蘇らせることで未来の考古物を発掘すると、洋服のデザインを行ってきた髙橋。約2000点ものヴィンテージを手に入れ、70〜100年前に作られた衣服の生地やデザイン、縫製などを考古学の観点から解剖。アメリカの資本主義には違和感を覚えつつも、そこにある美の概念について探求し続けてきた。『不在のなかの存在』もまた、彼の残した哲学や美学を掘り起こし、引き継いでいくためのプロジェクトの始まりとなる。

展示されたのは石膏による彫刻「陰翳礼讃」、ガラスで象った「天衣無縫」、玄武岩による「時間の天衣」など13の作品。同名で素材を変えたブロンズ作品もある。髙橋自身が、乾けば固まる液体に浸した布をキャンバスに掛けて形を作ったドレープを、それぞれ異なる素材で作品に昇華させたものだ。御本尊を安置する方丈には、建築に寄り添うことを意識して作品を展示。玄武岩の彫刻作品は、既存の庭石と調和することを念頭に庭に配置された。ガラスの平面作品には下に鏡を敷くことで、刻一刻と変わる方丈の空間や庭の景色を取り込み、両足院であるがゆえの一期一会の表情を加えた。

一方で寺院の書斎的な役割を果たす大書院は髙橋の思考を巡る空間に仕立てた。作品の原点となった伝救脱菩薩立像の衣服の断片、7世紀に建立された當麻寺の木造建築の残片を本人の言葉とともに公開した。

2つの空間と庭に繰り広げられた髙橋大雅の世界。不在であることで、その存在を強く意識させ、雄弁に美意識を伝えてくれるものとなった。ここに作られた作品は、100年後もあり続けるものに違いない。

現在見られる関連展示

『Texture from Textile Vol.2 時間の衣―髙橋大雅ヴィンテージ・コレクション』

Texture from Textile Vol.2 時間の衣―髙橋大雅ヴィンテージ・コレクションの展示風景

髙橋が10代から収集し、ブランドの雛型としてきた1900年代の服飾資料は約2,000点にも上る。その膨大な資料である衣服の生地やデザイン、縫製などを考古学の観点から解剖し、新進気鋭のデザイナーの思考を辿るとともに服飾の役割や歴史を読み解く。