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スーパーの寿司のアレンジからはじめる。“スシーランス”前田直也さんに聞く、お家で寿司を握る愉しみ

独学で寿司の握り方を学び、本職の傍らフリーの寿司職人“スシーランス”として活動をする前田直也さんに聞いた、お家寿司の愉しみ。

photo: Tomohiro Takeshita / text: Anna Abe / edit: Shii Takuro

「スーパーで買ってきた寿司をアレンジするだけでもいいんです。ネタを炙ってみたり、漬けにしてシャリにのせ直してみる、そういうことから寿司作りは始まっています」

そう話すのは、フリーランスの寿司職人“スシーランス”として、イベントや友人同士の集まりで寿司を握る前田直也さん。趣味で始めた活動が評判を呼び、メディアで取り上げられるなど輪が広がっている。そんな彼が、寿司作りにのめり込むきっかけとなったのは、パートナーへのサプライズだったそう。

「彼女の誕生日に何かユニークなことがしたくて、自分で握って『お寿司屋のプレゼントです』みたいにしたら単純に面白いかなと思ったんです。お家に寿司屋セットを用意して、YouTubeを参考に見よう見まねで作りました。そのとき、彼女が本当に喜んでくれて、僕自身もめっちゃテンションが上がって、そこから勝手にハマっていった感じです」

もともと寿司を食べるのが好きだったという前田さん。それまでもスーパーで買ってきた寿司を炙ってみるなど、アレンジを楽しんでいたというが、準備をして本格的に握るのはこのときが初めて。寿司の世界への扉が開いた瞬間だった。

「あのときは全身に米がついてしまうほど不慣れでしたね(笑)」とパートナーの香穂さんは笑う。

お家寿司の定番といえば手巻き寿司やちらし寿司。握り加減やネタの切り方が肝になる握り寿司はハードルが高い。だからこそ、そのひと手間には驚きと発見がある。その奥深さに探究心がくすぐられた前田さん。

「最初はなんでも炙れば旨いと思ってました(笑)。ハマってからは、熟成寿司をいろんなネタで試したり、赤酢のシャリがすごく美味しかったお寿司屋さんで作り方を聞いたり、そうやって自分なりの寿司のパターンができていきました」

多いときは、友人6人くらいを集めて月1回ほど寿司を振る舞っていたという前田さん。お酒に詳しい友人とのコラボ企画を催したり、ときにはパートナーの香穂さんが作った卵焼きを寿司ネタにしたりと、自由に愉んでいる。

「単純に集まる場が欲しかったのかもしれないです。それまでは自分でホームパーティを主催することはなかったんですけど、寿司が一つの手段になって開催するようになりました。それもハマっていった一因だと思います」

そんな前田さんの噂が広まり、本格的に寿司の世界へのめり込むきっかけとなる出会いが訪れる。

「握り始めて1年くらい経ったタイミングでとある雑誌が取材をしてくれて、その記事を読んだ笹塚の江戸前寿司屋さんから『うちで働きませんか?』とDMが届きました」

この縁がきっかけで、本業の傍ら寿司屋さんでアルバイトを始めた前田さん。そこでの経験と自分のやりたかったことが混ざり合い、さらに探究モードへ突入していったのだそう。

お家寿司は遊びから始まる

では、実際にお家寿司を始めるとしたら何から始めたらいいのだろう。「お家寿司に技術は必要ない」と前田さんは話す。

「スーパーで買ってきた寿司のネタを炙ったり、刷毛で醤油を塗ってみたり、まずは遊んでみてください。巻物の海苔を、いろんなものに変えて試してみるのも発見があります。僕は、合羽橋の〈ぬま田海苔〉で30種類ぐらいの海苔の中から合いそうなものを見つけて、海苔の食べ比べ会を友達としていたときもありました。それが楽しくてここまで寿司にのめり込めた気もしています」

なんのネタを昆布〆するか、何を軍艦にするのか、海苔はどんな種類のものがいいのか、お皿はどんなものが合うのかなど、そんな自分なら何をしたいかを妄想する時間から、もう寿司作りが始まっているのかもしれない。

そして、とことん寿司の世界を突き詰めた前田さんだが「あくまで寿司職人になりたいわけではない」と話す。

「美味しいものを届けたいというよりかは、もっとエゴが強い気がします。寿司を握るのは自分の探究心のためだけど、それが相手にも喜んでもらえて、それで自分も嬉しくなる。それでいいと思うんです」

だから前田さんが提供する寿司は気張らず自由。集まった友人たちと会話をしながら、一緒に寿司のアレンジを考えたり、また寿司そっちのけでボードゲームが始まるような会もしばしば。

この日も「いかの握りは塩の方が好みかな」など提案が出たり、残ったネタを最後は豪快に太巻きにしたり、その日の気分で集まったメンバーと一緒に実験的に即興で作っていけるのがお家寿司の醍醐味だ。

寿司を通して興味の範囲が広がっていくのが嬉しいと話す前田さん。「楽しいからやってみたら〜」と笑う。