まぶしいほど鮮やかな青い空、ヤシの木の影を落とすプール、白いパラソル。大滝詠一の大ヒット作『A LONG VACATION』(1981年)を筆頭に、夏の日に欠かせない音楽のジャケットを数多く手がけてきたイラストレーターの永井博。
2016年に開催された個展『Penguin's Vacation Restaurant』では、30点近い原画と50点を超えるレコードジャケットなどが展示され、会場は一足先に夏真っ盛りだった。まずは印象的なプールサイドのワンシーンを描いたキッカケを聞いた。
「原風景は、73年に湯村輝彦さんやペーター佐藤くんら、イラストレーター仲間たちとアメリカを回った時のこと。LAの空港に着陸する間際、眼下の街を眺めていると、ポツリポツリと青いものが見えてきた。降下するにつれ、それがプールだとわかったんです。庭付きの家はもちろん、アパートやホテルの中庭にもプールがあり、すごい数だった。当時の日本にはありませんでしたから、鮮烈な印象に残り、プールの絵を描くようになったんです」
イラストの手法は、美術の専門学校へ通いながら、テレビ局の大道具で働いていたことが影響しているという。
「大学受験に失敗し、大道具を制作する会社で働きながら専門学校へ通うことになったんです。そこではスタジオで撮影する時に使う背景の絵に色を塗る仕事をしていました。筆やスプレーの使い方など、その頃に勉強したことが大きい。
同時に、専門学校ではいろいろな絵と出会いました。僕のプールサイドの絵には、必ずヤシの木が影を落とす。それは大好きなダリやキリコといったシュールレアリスムの作家からの影響ですね。彼らの絵には必ず影がありましたから。そもそも僕は夏の風景は好きだけど、暑いのが苦手でね(笑)。影を入れることで少しでも涼しく見せたいからかな」
空とプールの“青”は、同じようでいて、よく見ると全然違うもの。
「70年代には、ポップアートもよく観ていました。独特の原色使いは、湿気を感じさせず、カラッとした印象が強く残る。それと、建築関係の洋雑誌が好きでよく買っていたんです。カラッとした真っ青な空の下、庭にプールがある邸宅の写真など、アメリカの西海岸で撮影されたような写真を好んで見ていました。そういった参考資料を基に、70年代後半くらいから描き始めましたね。空の色は濃く塗り、プールサイドや砂浜は少しピンクが混ざったような白に。明るい色のプールの青に、ヤシの木の影を濃く描くことで日差しの強さを表現できることがわかったんです」
こうして完成したプールの絵は広告や雑誌などのビジュアルに使われ、一躍売れっ子作家に。80年代を迎える直前に、大滝詠一と出会う。
「イラストレーターがそれぞれ夏の絵本を作るシリーズ企画が持ち上がって。当時は僕も、生意気ながら物語やエッセイを執筆している時間が取れず、出版社のつながりで、大滝さんが文章を書くという話になった。僕は絵を提供するだけで、制作自体にはノータッチ。松本隆さんが帯の文章を書いて、79年にビジュアルブック『A LONG VACATION』が発売されました。しばらく経ってから、大滝さんが本を基にアルバムを制作されているという噂を聞いたんです」
81年に大滝詠一はアルバム『A LONG VACATION』を発表する。「君は天然色」や「恋するカレン」といった、日本を代表するサマーチューンの数々は、濃厚な青空とプール、ヤシの木の影がなければ生まれなかったのかもしれない。
「その後、大滝さんからシングルや『NIAGARA SONG BOOK』のジャケットなどのお話をいただいて。その影響もあって、いろいろなレコードジャケットのイラストを担当しました。自分でも一体何作品を手がけたのか、正確な数はわからない(笑)。今では海外からのオファーも増えています」
ところで、ソウルミュージックのレコードコレクターとしても知られる永井さん。夏の音楽を選ぶとしたら?
「これだけジャケットを描いてきたのに、集めているのは7インチだからジャケがない(笑)。僕は音楽も暑苦しいものが苦手で、爽やかな曲が好き。プールサイドに似合う曲を選びました。