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工学者・玉城絵美が振り返る、 MY STUDY HIGH。人生のなかで圧倒的に勉強し成長した瞬間

留学、大学での研究の日々、新人時代の先輩からの100本ノック(⁉)、人生の中で圧倒的に勉強し、成長した時期が誰にでもあるはず。それらはその後の人生の糧ともなる。振り返る「STUDY HIGH」、あの頃。

Illustration: Ryo Ishibashi / Text: Rie Noguchi

年齢もバラバラな5人。
病室でのおしゃべりが、
世界が注目する研究につながった。

遠く離れた場所にいる人の体験が、家にいながら自分のことのようにリアルに体験できたらどうだろう。

ぎゅっと握る、手をぶらぶらさせるといった関節や筋、腱の動きを計測し、データ化することで、体の位置や動き、力に関する固有感覚が離れた場所にいる人間と共有される「BodySharing(身体共有)」。この最先端研究に取り組むのは工学者の玉城絵美さん。

彼女は10代の頃、持病の心臓疾患で入退院を繰り返していたという。そんな日々の中で「学び」の大きな転機になったのは、入院した病院の大部屋での経験だった。

「集中治療室にも入り、人は意外と簡単に死んでしまうことを実感しました。そんな時に同じ病室で過ごした患者の女性たちとのおしゃべりが楽しくて。みんなヒマだから毎日朝6時から夜までずっとしゃべりっぱなしなんです。彼女たちに人生の学びを聞くと、みんな知識をもとに体験してきたことばかりでした。

印象に残っている話でいうと、それまで教科書では“仏の顔も三度まで”と習ってきたけれど、実際の人間関係ではそんなのケースバイケースで、3回も我慢できない、とか(笑)」

同室の女性たちは30代から80代までの様々な年代で、大学病院だったこともあり、玉城さんと同じく大病を患っている患者も多かった。生きてきた時代も環境も違う彼女たちから聞く人生訓は、10代の多感な時期を病室で過ごした彼女に大きな刺激を与えた。

「私は当時、受験勉強もしていましたが、どれだけ知識はあっても、体験が全然足りていないなって。体験して“智慧”になって、やっと学びになるのだとわかったんです。それで、このままだと死ぬ時きっと後悔するぞって(笑)」

彼女の言う「智慧」とは身体のすべての感覚で経験し、自分の血肉にしていくこと。テレビや本という視覚や聴覚によって、遠く離れた場所の出来事を知ることができたとしても、触れたり匂いを嗅いだり、リアルな体験はできない。あの病室で抱いた「室内にいても遠くの出来事を体験してみたい」という気持ちで、退院後は「智慧」を集めるべく研究者の道へ。

「退院したからには、ぼんやり生きてちゃダメだと思い、20歳の頃に研究者としての見通しをつけて、人生設計を練りました。工学系研究者として何歳で起業し、特許を取り、どんなプロダクトを出すのか。もちろん途中で計画が変わり、基礎心理学が必要になったり、経営の面では知財や財務会計、スケール戦略やビジネスモデル策定なども学ぶ必要が出てきましたが、おおむね描いていたイメージに沿って進んでいるかなと思います」

工学者・玉城絵美 おしゃべりが研究につながった回想シーン
課外授業のような病室でのおしゃべり。「若い世代が身近なことで悩む一方、80代になると社会やみんなの幸せを広い視野で捉えていたのが印象的でした」

玉城さんは2010年、26歳の時に、コンピューターが人間の手指の動きを制御する装置「PossessedHand」を発表。手首にリストバンドを着けて、筋肉を刺激することで、その人の意思とは関係なく指を操れる装置だ。ピアノが全く弾けない人でもリストバンドを着ければ難曲が弾けてしまう。この研究は、翌11年に米誌『TIME』の「世界の発明50」に選ばれ世界中から注目を浴びた。

現在、玉城さんが進める研究は、遠隔地のロボットの感覚を共有して操ることで、例えば東京にいながら沖縄のマングローブ林でカヤックの操縦ができる。この研究により、体が不自由な人や、自宅から出られない人も、距離というハードルを超えて誰もが体験を共有できるようになる。そしてその体験は、多くの人の「智慧」になる。

知らないことがあれば自ら専門家を訪ね歩くという彼女に「なぜ学ぶのか」を尋ねると、次のような答えが返ってきた。

「“智慧”を集め、人生に満足して死ぬためです。私の人生だけでなく、多くの人たちの人生も含めて、“満足だな”と思えるような状態にしたいんです。体験が共有可能になれば、多くの人の“智慧”を作ることができる。人生は一人のためにあるわけではない。自己のため、あるいは利他のためでもなく、すべての人の人生のために学びたいです」