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ドラマプロデューサー・佐野亜裕美が振り返る、 MY STUDY HIGH。人生のなかで圧倒的に勉強し成長した瞬間

留学、大学での研究の日々、新人時代の先輩からの100本ノック(⁉)、人生の中で圧倒的に勉強し、成長した時期が誰にでもあるはず。それらはその後の人生の糧ともなる。振り返る「STUDY HIGH」、あの頃。

Illustration: Ryo Ishibashi / Text: Daisuke Watanuki

坂元裕二と渡辺あや。
2人の脚本家が気づかせてくれた、
これが私の進む道。

松たか子演じるバツ3女性、大豆田とわ子と、個性豊かな元夫トリオとの掛け合いがドラマ好きを悶絶させている火9ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』のプロデューサーである佐野亜裕美さん。東京大学教養学部卒ということで、真面目な勉強談が聞ける……と思いきや、最初からドラマのような衝撃エピソードが。

「もともと勉強が好きなタイプだったわけではなく、恋の三角関係の末に破れたことが東大受験のきっかけでした」

失恋や人間関係の悩みが重なり、不登校となった高校3年生の佐野さん。好きだった男性を奪った相手が某大学の推薦入試に合格したことを耳にしたことで、物語は動きだす。こうしてはいられない、見返してやろう!と受験勉強を始めたのだ。時はすでに11月末。『ドラゴン桜』も顔負けの展開だ。

「とにかく偏差値が一番高い大学に行こうと。3ヵ月間死ぬ気で勉強して東大に入りました。
引きこもりの生活を変えたかったという思いもありましたね。短期間でも集中すれば圧倒的な成果が挙げられるという成功体験は、その後の苦しかったAD時代の支えにもなりました」

合格したのは文科一類。弁護士を目指すために法学部に進む仲間が多い中、佐野さんは一人、教養学部超域文化科学分科に進み、表象文化論を学ぶことに決めた。
「法律を学び始めたら私にはあまり向いてなくて……。そして再び恋愛絡みの話になるのですが、映画好きだった当時の交際相手の影響で私もいろんな作品を観るようになり、映画についてもっと勉強したいと思うように」

これが転機となり、今の仕事にも通じる世界観や視点、人生の師との出会いを得ることになる。
「表象文化論は批評の学問だと思います。表象として現れる映画やドラマなどの文化事象をどう観賞すべきか。批評を知ることで、一つのものの見方を習得しました。そして作品の文化的背景や歴史、政治などを調べたり考えたりしながら、“私はこう見る”と作品の価値を考えるクセを身につけ始めました。

また、ゼミの先生が東大発のベストセラーとなった『知の技法』などで知られる文化人類学者の船曳建夫先生だったことも大きかった。伝統芸能や演劇の手引きをしていただいたのはもちろん、一緒に観劇した際に間近で先生の批評を耳にすることができたのは貴重な経験でした」

ドラマプロデューサー・佐野亜裕美 演劇の魅力を教わった回想シーン
「東大の船曳先生は歌舞伎や文楽、チェルフィッチュやポツドールなど演劇の魅力を教えてくれました。人生の師であり、どこか遊び仲間のような存在でもあります」

豊かな文化を築き上げるためには健全な批評精神が不可欠だ。佐野さんのドラマにどこか多角的視点が感じられるのは文化や社会を紐解き、批評意識を養ったことの賜物だろう。では仕事をしていく中で新たに学び、成長する機会はあったのだろうか。すると2人の脚本家の名前が挙がってきた。

「坂元裕二さんは、仕事に対する姿勢に圧倒されました。坂元さんは天賦の才を持ちながら、毎日画面に向かい、苦しみながら書き続ける。その姿を見て気づいたんです。この人に最高の環境を与えることが私のプロデューサーとしての役割だ、さらにはキャストやスタッフみんなが最高に輝ける場所を作ることが私のすべきことだと。

もう一人の脚本家、渡辺あやさんには出会ってから“あなたは何者か”を問われ続けてきました。時には自分をさらけ出しすぎて、話しながら号泣していたことも。でも話すとスッキリするんです。自分の内なる声に耳を傾けながら、心からやりたいと思うことを仕事にすべきだと対話をしながら教えてもらった気がします」

佐野さんいわく、2人と出会う前は「視聴者が喜ぶもの」を作ろうと必死になっていたのだとか。しかし今は、そのことは大事にしながらも、自分がどう思うかを一番大切にできるようになったそう。

「これからも社会や世界が良くなると信じられる作品を生み出していきたいです。それが今の私の仕事なので。今は社会に対する怒りや世にはびこる不平等など、正義といえないことを問うような作品を作れたらと思っています」