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音楽家・蓮沼執太が振り返る、 MY STUDY HIGH。人生のなかで圧倒的に勉強し成長した瞬間

留学、大学での研究の日々、新人時代の先輩からの100本ノック(⁉)、人生の中で圧倒的に勉強し、成長した時期が誰にでもあるはず。それらはその後の人生の糧ともなる。振り返る「STUDY HIGH」、あの頃。

Illustration: Ryo Ishibashi / Text: Ichico Enomoto

楽器を奏でると音が出る。
それだけが音楽じゃないことを教えてくれた、
ナイロビの街。

蓮沼執太フィル〉を率いて多くのミュージシャンとコラボレーションするほか、映像やパフォーマンスの音楽制作、インスタレーション作品の展示など、多彩な活動を続ける音楽家の蓮沼執太さん。

彼にとって、海外での2つの体験が、大きな学びとなったそう。その一つが、2013年に、美術家の西尾美也さんに招聘されてケニアのナイロビに2週間滞在したアーティスト・イン・レジデンスのプログラム。ナイロビの中心地は都会だが、政情は不安定で治安も悪く、街は毎日停電するような環境だった。

「とにかくカルチャーショックでしたね。キベラというアフリカ最大級のスラムがあって、無名の人々のポートレート写真を大きく引き伸ばして街中に貼り付ける作品で知られるアーティストのJRがインスタレーションをしたこともある場所です。

そのキベラにアートセンターがあるというので行ってみたら、ボロボロの建物で。でもそこで現地のアーティストたちに会って話をしていると、ビール瓶や日用品を叩きだして即興で音楽が始まる。生活の中に音楽があるんですよね。それを聞いた子供たちも、石や空き缶を持ってきてジャムセッションに入ろうとしたり。僕らの感覚では鍵盤を弾いて、ドレミファって音が出るのが音楽だと思いがちだけど、そうじゃないものがあるというのは、大きな経験でした」

音楽家・蓮沼執太〈蓮沼執太フィル〉回想シーン
太鼓やギターのほかビール瓶を楽器代わりに突如ジャムセッションが。遥か遠くのアフリカの地で感じた新しいグルーヴは今も蓮沼さんの体に残っている。

もう一つは、2014年にACC(アジアン・カルチュラル・カウンシル)のプログラムで半年間ニューヨークに滞在したこと。

「ニューヨークには世界中の文化芸術が集まってくるし、その量と質に圧倒されました。世界の宝のような有名な絵画や彫刻もあれば、オルタナティブなギャラリーでは今の現代アートシーンも観られる。この際、自分の趣味嗜好は置いておいて、とにかくなんでも受け入れようと思って、アンダーグラウンドからハイクラスまで、ジャンルも問わずにいろいろなものを観まくるという日々でした。

ふだんは観ないオペラも観に行ったし、ほかのレジデンスで来ているアーティストと交流したり、いろいろな経験ができたと思います。それまでは、あまりインプットとアウトプットとか意識してこなかったんですけど、あれは完全にインプットの季節でしたね(笑)」

それが何かに生かされるかどうか、そんなことすら気にせず、ひたすら浴びるように多様なものを吸収する。なんて豊かで贅沢な時間!そんな蓮沼さん、意外にも音楽やアートを学校で体系的に学んできたわけではない。

「美大や音大は常に選択肢にはあったけど、行きたくなかったんです。行ったら何者かになれるとも思えなくて。もちろん教育、歴史や先人の知恵に学ぶことは大事だけど、僕はキャリアやスキルを得るために何かを学ぶということにどうも逡巡があって、固定観念を捨てて、自分の興味の赴くままに、見たり読んだり体験してきました。それは勉強というより人間形成なのかもしれません」

日々、何かしら学んできたことが今の自分を形成してきたというが、大学ではあまり勉強しなかった(!)という蓮沼さん。もし学び直せるとしたら、「建築家になりたい」と冗談交じりに話すが、当時の専攻は経済学だったそう。

「当時、環境経済学とか環境政治学など“環境思想”に興味を持ち始めて。そこからフィールドワークで環境音を録り始めて、サウンドの面白さに気づいたんです」

その体験が音楽制作の礎になっている。今もレコーダー片手にフィールドレコーディングすることも。ナイロビ、ニューヨークに限らず、彼の知見はフィールドワークによって培われてきた。