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アジアではなく、中南米です。
唐辛子の世界最大の輸出国はインド。四川にタイ……食文化を鑑みても、原産地はアジアだと思いがちだが、実は中南米、現在のメキシコあたりが故郷といわれている。紀元前7000年というはるか昔から、アメリカ先住民によって食べられていた記録が残る、最も歴史が古いスパイスだ。これをヨーロッパに持ち込んだのは、インドのコショウを求めて、西インド諸島に辿り着いたコロンブス。唐辛子をレッドペッパー、チリペッパーなどと呼ぶ地域があるのは、コロンブスが唐辛子をインドのコショウの一種だと信じていたためらしい。
持ち帰った当初は、あまりの辛さに観賞用にとどまっていたという唐辛子が、わずか100年の間にあっという間に世界中に広まったのには理由がある。それは、このスパイスの持つ適応能力だ。
コショウがごく一部の地域でしか栽培できず高価だったのに比べ、唐辛子はどの地域でも比較的栽培しやすく、その土地その土地で固有の品種が育った。結果、いまや世界各地で、他に類を見ない3,000を超えるといわれる、形も色も辛さも多様な品種が栽培されるようになった。
また、辛味はあるが、香りの個性は意外なほど少なく、ほかのスパイスと合わせやすかったことも広がった要因といわれ、さまざまな国で独自のミックススパイスや調味料が発達した。唐辛子は随一の歴史とバリエーションを誇るスパイスなのだ。
唐辛子年表
BC7000年〜BC5000年
ペルーの山岳地帯や現在のメキシコあたりでは、唐辛子が生育。先住民によって、栽培されていたとされる。
BC5000年〜
以降、アメリカ先住民族の食生活に欠かせないものとなり、アステカ帝国ではカカオドリンクの風味づけにも使われた。また、生贄の儀式に使われた記録もある。
1492年頃
クリストファー・コロンブスが、カリブ海のイスパニョーラ島で、アヒ=唐辛子を発見。同行した医師がスペインに持ち帰る。
1490年代後半
コロンブスが持ち帰った唐辛子は、ポルトガル人によってアジア、アフリカにも伝わる。
1500年代
ポルトガル船によって日本に伝来。それが朝鮮半島、中国へと伝えられる(ただし、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に持ち帰ったという説もある)。
1625年
江戸両国橋近くの薬研堀(現在は、やげん堀)で、日本初のミックススパイス、七味唐辛子が作られる。
1700年代
イギリスのC&B社が、初めてカレー粉を製造、販売。瞬く間に国内にカレーが普及する。
1760年過ぎ
本草(いまでいう薬学)家としても優れた才を発揮していた平賀源内が、50種以上を記したイラスト付きの唐辛子図鑑『番椒譜』を著す。
1868年
アメリカの銀行家が、メキシコ・タバスコ州から持ち帰った唐辛子でタバスコソースを発売。ホットソースの先駆けとなる。
1912年
アメリカの薬剤師ウィルバー・L・スコヴィルが、唐辛子の辛さの尺度となるスコヴィル値を考案。
1923年
カレーの魅力に取り憑かれたエスビー食品の創業者・山崎峯次郎が純国産の本格的なカレー粉の製造に成功。
1937年
セント=ジェルジ・アルベルトが、唐辛子(パプリカ)からアスコルビン酸(ビタミンC)を発見した功績で、ノーベル賞を受賞。大量のビタミンCが含まれていることがわかり、ヨーロッパでの唐辛子栽培が急増。
1971年
神田のせんべい店〈神田淡平〉が、一味唐辛子をたっぷりまぶした激辛せんべいを発売。後にブームの火つけ役として、「激辛」の2文字が『現代用語の基礎知識』から銀賞を授賞される。
1973年
世界初の国際会議、全米唐辛子会議が開催。同年、国際唐辛子鑑定家協会が設立される。
1984年
湖池屋が、チリをまぶしたスティックタイプのポテトチップス《カラムーチョ》を発売。大ヒットし、激辛ブームの火付け役となる。今年30周年!
1989年
万願寺甘とう(万願寺唐辛子)が、京都の伝統野菜第1号として認定される。
2005年
東ハトの《暴君ハバネロ》が、米ニューメキシコ州で毎年開催されている唐辛子界のアカデミー賞(⁉)スコヴィー アワードを受賞。翌年、日本でも開催され、そこでもお菓子部門の大賞に。
2007年
ギネス世界記録で、インド、およびバングラデシュで生産されている品種ブート・ジョロキアが、それまでハバネロが持っていた記録を抜き、世界一辛い唐辛子と認定される。
2011年
オーストラリアで発見された唐辛子、トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラーが、辛さ世界一の記録を塗り替える。
2013年
アメリカのペッパーソース会社が開発した唐辛子キャロライナ・リーパー、その名もキャロライナの死神が、さらにギネス記録を更新。
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“死神”と呼ばれるアメリカの唐辛子です。
唐辛子最大の魔力は、なんといってもその辛さ。現在、世界一辛いとギネスに認定されているのがキャロライナ・リーパー(=キャロライナの死神)と名づけられた、アメリカで改良された品種だ。なぜ世界一といえるかというと、唐辛子は、辛さが数値化されているからなのだ。
基準となっているのが、アメリカの薬理学者・スコヴィル氏が考案したスコヴィル値だ。当初は、唐辛子のエキスに甘い水を加え、どのぐらい薄めたら辛味を感じなくなるかという、かなりアナログな方法で測定していたようだが、現在では辛味成分のカプサイシンの量を測定して数値化している。くだんの“死神”は、最高値でなんと3,000,000スコヴィルを記録。一方、ゼロなのが、ピーマン。実はピーマンや辛味がないパプリカも、品種改良しただけで、唐辛子なのだ。もっとも、同じ品種でも、収穫時期や部位によって辛さは変わる。唐辛子は種が辛いとよくいわれるが、正確には種が並ぶ胎座と呼ばれる白い筋の部分。ここがカプサイシンが作られる場所でいちばん辛い。
辛さを決めるのはカプサイシンの量だが、実はカプサイシンにも種類があって、それによって辛さも違ってくるという。現在唐辛子は大きく5つの栽培種に分かれている。生のものを食べたときのおのおのの辛さの特徴を、多彩な唐辛子を栽培し実食しているPepper.jpの村山晋作さんに解説してもらった。
あ、もし辛さにやられたときは、水ではなく牛乳など乳製品を。カプサイシンは、水には溶けないけれど、油には溶け出す性質を持っているから、辛味成分が溶け出して、胃に流し込んでくれるのだ。
主な唐辛子の栽培種
アニューム種
いちばんポピュラーな栽培種で、日本やヨーロッパの唐辛子はほぼこれ。細長い形のものが多く、辛味がジワジワときて余韻も長め。鷹の爪、ハラペーニョなど。
バッカートゥム種
ボリビアやペルーなど中南米でポピュラーな栽培種。アヒ・アマリージョなど、アヒと呼ばれるものがコレ。青リンゴのような香りがし、キリッと爽やかな辛味。
フルテッセンス種
小粒でピリリと辛いのが特徴。小鳥の足ほどしかないものもあるが、辛味は意外に強く、ガツンときて、余韻が長め。プリッキーヌー、島唐辛子、タバスコなど。
ピュベセンス種
南米のアンデス山脈周辺で、古代から栽培されてきた激辛種。小さなパプリカのような形をしていて肉厚だが、ビリビリするような辛さ。ペルーのロコトなど。
シネンセ種
近年の激辛唐辛子はこの品種。長さはなく、ぷっくりしており、食べた瞬間に舌が痺れるような辛さ。代表格はハバネロでトリニダード・スコーピオンもこれ。
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ヤミツキになるものです。
人が我先にと世界一を競うほど惹かれる“辛さ”とは、何なのか。人間の舌などには、味を感じ取る味蕾細胞がある。その細胞が感知するのは、5基本味と呼ばれる塩味、苦味、甘味、酸味、旨味。そこに辛味は入っていない。
では、どこで感じているのか。それは口の中にある痛覚だといわれている。よく、唐辛子たっぷりの料理を食べて、「痛い!」と表現する人がいるが、それはまさに言い得て妙。辛味は、味ではなく、痛みなのだ。そして、痛みを感じると、それを抑えようとして、β-エンドルフィンが出る。この物質、鎮痛作用のほかに、陶酔感や幸福感をもたらす作用もあって、痛みに慣れてくると、そちらがムクムクと頭をもたげてくる。
これが、いわゆる“ヤミツキ”というやつだ。そもそも辛いスパイスだからといって、辛味成分だけを持っているわけではなく、そこには香りもあれば、色も味もある。それがほかの素材と絡み合って、料理全体を複雑な風味にしている。大人はひとたび、そうした料理を前にすると、味覚だけでなく、視覚に嗅覚にと五感をフル稼働させて味わうから、“痛く”ても“旨い!”のだ。
ワールド・トウガラシ
*SHU=スコヴィル
数値には個体差があります。