——さる4月24日、ニューヨークの映画製作スタジオ「A24」のパーティでDJをされていましたが、ここのところ「A24」関連作品のサントラも素晴らしいそうですね。まずはソフィア・コッポラ監督の最新作『プリシラ』のレコードは、3人揃って買ったというお話ですが。
鶴谷聡平
本当に最高だよね。ミュージック・アドバイザーがフェニックスと、ウェス・アンダーソン作品で知られるランドール・ポスター。新旧の楽曲からセレクトされていて、ソフィア作品らしいセンスのいい選曲だった。
山崎真央
サントラ盤レコードの収録曲を見たら、1曲目アリス・コルトレーン「Going Home」(1972年)が収録されていると聞いて、「これは買わなきゃ!」と思ったんだ。
渡辺克己
「Going Home」の原曲は、アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』の第2楽章「ラルゴ」の主題となる旋律を基に、ドヴォルザークの弟子であったウィリアム・アームズ・フィッシャーが歌詞をつけた歌曲。日本では、小学校の下校時に流れる「家路」として知られていますね。
鶴谷
これは冒頭にチラッと流れるだけなんだけど、レコードには10分のフル尺で収録されているのが嬉しい。
山崎
よくこんな曲を選んだよね。
鶴谷
それからサントラ盤に収録されている曲だと2曲目。ほとんど劇中のオープニングテーマとしてかかる、ラモーンズがロネッツの曲をカバーした「Baby,I Love You」(1980年)とか、すごく意外だった。
渡辺
フィル・スペクターがプロデュースしたラモーンズのアルバム『End of The Century』に収録されたカバーですね。もともと、ジョーイ・ラモーンはスペクターのいわゆるウォール・オブ・サウンド、それから3分間で曲を完結させるポップソングという点など、影響が大きかったそうです。
鶴谷
『プリシラ』は事前にプレイリストを聴きながら映画館へ行ったんだけど、サントラ盤には未収録の劇中使用曲も素晴らしかったね。
渡辺
諸事情があったにせよ、エルヴィスの曲がほぼ使用されていないところが、とにかく潔い。デオダート『ツァラトゥストラはかく語りき』(1973年)の使い方には笑いました。
鶴谷
それから、エルヴィスがプロポーズするシーンでは、映画『地獄の逃避行』のメインテーマとして知られる「Gassenhauer」がかかるね。
渡辺
映画『トゥルー・ロマンス』(1993年)製作時、脚本家のクエンティン・タランティーノは『地獄の逃避行』にオマージュを捧げたため、劇伴を担当したハンス・ジマーへ「Gassenhauer」を聴かせて。それで生まれたのが『トゥルー・ロマンス』のメインテーマ「You’re So Cool」ですね。
山崎
残念ながらサントラ盤には未収録なんだよなぁ。
渡辺
僕は盤を店頭で見て、ガックリきました。
鶴谷
映画『ボディガード』(1992年)の主題歌で、ホイットニー・ヒューストンがカバーして大ヒットした「I Will Always Love You」のドリー・パートンによる原曲も使われています。
渡辺
さらにサントラ的には、ドリー・パートンがバート・レイノルズと共演した『テキサス1の赤いバラ』(1982年)でも使用され、サントラ盤にも収録されていて。
鶴谷
いろいろな意味で話題が広がる『プリシラ』だけど、個人的に映画自体は、『エルヴィス』(2022年)が最高だったので、『プリシラ』のエルヴィス役にちょっと物足りなさを感じたんだけど。
渡辺
ホントに!?『エルヴィス』が傑作だったのは別として、個人的に『ブリングリング』(2013年)以降のソフィア・コッポラ作品が好きで。中でも、『プリシラ』における構成やテンポ、選曲の仕方など、めちゃくちゃよかったと思っていますよ。
アンビエントタッチってブームなの?グリズリー・ベアのメンバーが日常に馴染むスコアをしたためた『パスト ライブス/再会』
——そして、第96回アカデミー賞の各賞にノミネートされた『パスト ライブス/再会』のサントラ盤も絶賛されていますね。
鶴谷
映画公開前だったんだけど、スコアをグリズリー・ベアのクリストファー・ベアとダニエル・ロッセンが担当しているということで、高かったんだけど即買した一枚。2020年にクリストファーがソロユニット Foolsで発表した『Fools' Harp Vol.1』が素晴らしかったんだよね。アンビエントの要素を含む、生音の室内楽的なインストゥルメンタル作品で。『パスト ライブス/再会』も、Foolsの作風に近くて、本当に素晴らしい作品。
山崎
映画自体はどうだったの?
鶴谷
めちゃくちゃよかったよ!メロドラマくらいに思って軽く見ていたら、まさかの落涙(笑)。韓国のソウルで、小学校の同級生だった男女が、お互いに好意は寄せ合っていたんだけど離れ離れになって。30代になってからNYで再会するという。2日間くらいの出来事なんだけど、特に何も起きない。でもさ、舞台は多分イーストビレッジあたりだと思うんだけど、アパートと景色とかさ……なんかNYの日常風景っていいじゃん?
山崎
非常にわかる。それはちょっと泣くかも。
渡辺
マジで!?レコード屋か、ドラマ『ニューヨーク恋物語』の印象しかない(笑)。
鶴谷
ヒロイン側の旦那さんも再会の場へ立ち会うんだけど、黙って待っていたりするわけ。そんな日常の風景にFoolsのスコアがつけられて、絶妙にフィットする。劇伴としても、単体で聴いても素晴らしい出来なんじゃないかと思います。
渡辺
グリズリー・ベアといえば『ブルーバレンタイン』(2010年)も担当して、鶴さんがよくかけていたのを覚えてます。
鶴谷
デレク・シアンフランス監督は準備の段階から、ずっとグリズリー・ベアの曲を聴いていたらしく。サントラに曲を使わせてほしい旨、リクエストしたら、当初はNGが出たらしいんだけど、熱意に押されて、バンド側が既存曲のインストバージョンや、未発表曲の使用許可を出したみたい。ついに『パスト ライブス/再会』で、初の純粋な書き下ろしサウンドトラックになったみたい。
山崎
アンビエントといえば、ストップモーションアニメ『マルセル 靴をはいた小さな貝』(2021年)のサウンドトラックが、よかったんですよ。ディーン・フライシャーキャンプ監督は、80年代にアンビエント作品を発表していた吉村弘さんの大ファンで、スコアを担当したディザスターピースに吉村さんの楽曲を聴かせてリクエストした結果、80’sアンビエントに近いテイストの楽曲が仕上がったみたい。
鶴谷
かなりマニアックな監督だね。
渡辺
ちなみに劇伴を担当したディザスターピースは『アンダー・ザ・シルバーレイク』(2018年)も担当していますね。
原材料の高騰や円安など、さまざまな事情で高騰し続けるサントラ盤の価格
鶴谷
それから〈A24 MUSIC〉からサントラ盤のプレオーダー開始のお知らせが来ていたのが、日本では10月4日公開予定の『シビル・ウォー』。監督は『エクス・マキナ』(2015年)や『MEN 同じ顔の男たち』(2022年)のアレックス・ガーランド、スコアをポーティスヘッドのジェフ・バーロウが担当。収録曲の1曲目が、なんとシルヴァ・アップルズで。
山崎
それは買わないと!
鶴谷
さらにスーサイドの曲も収録されるみたいで。
渡辺
NYの異端児が大集合ですね。それは本当に楽しみだな。
鶴谷
さらにタイ・ウェスト監督、ミア・ゴス主演による『X』(2022年)、『パール』(2022年)につづくホラー3部作の最終作『マキシーン』は、舞台が1985年のロサンゼルスとポルノ業界が舞台ということなので、サントラ盤も非常に楽しみ。
渡辺
『マキシーン』の時代設定は、『ブギーナイツ』(1997年)の少し前になるけど、荒れた業界が舞台のホラー作品ということで、ギンギンのディスコが使われることが予想されますね。
鶴谷
「A24」作品のサントラ盤は、現在のところ〈A24 MUSIC〉のサイトから通販するしか手に入れる方法がないんだけど、1LPで本体が40ドル、送料が50ドルという……。
山崎
50ドルって、日本円で約7000円とかじゃん?中古ならいわゆるレア盤が買える。
鶴谷
日本換算で総額1万5000円くらいしちゃう。日本のレーベルがディストリビューションやればいいと思うんだよね。作品自体もいいから、今なら確実に売れると思う。
渡辺
今後の「A24」作品は、ハピネットファントム・スタジオさんが独占配給することが決まったし、サントラ盤やグッズなども日本に卸してくれることを切に期待しております!