――3人とも、洋楽の映画音楽について話す機会が多いと思いますが、邦画のサントラも買われるんですか?
山崎真央
もちろん、買っていますよ。西村潔監督が1972年に制作した『ヘアピン・サーカス』が、2023年初めてBlu-ray化されたんですよ。今でいう日本のクラシックカー(TOYOTA2000GTやマツダサバンナRX-3など)が、首都高を疾走するシーンがとにかく凄い。主演はプロのカーレーサーで、当時は規制も緩かったのか、法定速度などは無視(笑)。
渡辺克己
オープニングシーンから、首都高をかっ飛ばし、バンバン前の車を抜いていますよね(笑)。約50年前に首都高から見える東京の景色が、現在とまったく違っているのもおもしろい。
――そういえばクロード・ルルーシュ監督も、パリの街をフェラーリで疾走する『ランデブー』(1976年公開)という9分の短編を撮っていますね。あれは、フィルムを早回ししておいて、上から愛車メルセデスの音を被せたという噂ですが。それはさておき『ヘアピン・サーカス』は、めちゃくちゃスピード出している感じ。
山崎
そうなんだよね。スピーディーなドライブシーンに、菊地雅章六重奏団のジャズがのってくる。サントラ盤は前から持っていて、今回初めて映像を観たんだけど、音楽とぴったり合っていて、めちゃくちゃかっこいい。
渡辺
オープニングの早朝っぽいドライブシーンとか、気持ちがいいですよね。
山崎
ファンクまでいかないけど、リズムの利いたジャズ。エレクトリックピアノ(エレピ)を多用していて、どこか浮遊感のある曲なんだよね。そういうジャズをやる人は、当時の日本ではあんまりいなかったと思う。当時のジャズ界に、どういう背景があったのかなって思う。
渡辺
今、当時発売されたサウンドトラックのレコード盤が高値になっていますが。
山崎
5、6年前までは、1万円以下で買えたんだけど、今はなかなか手に入らなくなっていて。和ジャズにカテゴライズされる作品だけど、海外からの人気も高く、全体的に高騰している感じ。『ヘアピン・サーカス』は、7インチシングル盤も発売されているね。
渡辺
確かに、価格的に手が出ない感じもあります。
龍馬にシンセサイザー!?ジャズマンがつけた意外な時代劇のスコア
山崎
それから『龍馬を斬った男』(1987年公開)。これは少し前に安く買ったんだけど、最近オークションでも値段が上がっていて。まだ中古レコード店でも見かけたりするので、安かったら買いですね。スコアを担当したのは、元ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(以下、DTBB)のキーボード奏者だった千野秀一です。
渡辺
「追跡」という曲は、シンセベースとエレピの組み合わせがかっこいいですね。
山崎
ニューウェイヴっぽいというか、『ブレードランナー』っぽい感じがするね。買った当初は、ケレン味のある曲が多く、プレイするシチュエーションが限られると思ったんだけど。聴き直したら結構かっこよかった。
渡辺
日本の新しい体制を模索する龍馬と、ニューウェイヴの組み合わせ。かかっているというふうにも取れるけど、時代劇には意外なスコア。
山崎
歌謡ロックだったDTBBとは、まったく違うアプローチであることは確か。実は10年くらい前、たまたま大阪で千野秀一のライブを見たことがあるんだよね。小さい会場で行われた、コントラバスとのデュオ。ご本人は多分、当時60歳くらいだったと思うんだけど、かなりアヴァンギャルドな演奏で、長身でピアノを弾く姿がめちゃくちゃかっこよかった。
渡辺
千野秀一は『白昼の死角』(1979年公開)や『風の歌を聴け』(1981年公開)のスコアも手掛けていて。サックス奏者の坂田明とも活動するなど、幅広く活動。2008年からなんとベルリン在住みたいです。
今見てもかわいい❤️フィービー・ケイツの再評価著しい楽曲
山崎
変則的な作品なんだけど、俳優さんのフィービー・ケイツ。デビュー作『パラダイス』(1982年公開)が大ヒットしたので、主題歌を含む同名のアルバムがリリースされたんだよね。
鶴谷聡平
純粋なサントラじゃないのね。
山崎
このLPに1曲だけ「Feels So Good (Feels So Right) 」という、すごくいい曲が入っていて。それがシカゴの発掘系レーベル〈NUMERO GROUP〉による、80年代の隠れた名曲をコンパイルした『L80s: So Unusual』に収録されていて。
鶴谷
ホール&オーツ「I Can’t Go for That」みたいな、メロウグルーヴ。これは素晴らしいね。
山崎
リズムボックスをバックトラックにした女性ボーカルの曲ばかり入っているコンピで。他の曲は高額盤ばかりだけど、フィービーのアルバムはまだまだ安い。日本と韓国、あとイタリア盤くらいしか出ていないアルバムなんだよね。個人的にフィービー・ケイツは、初めて好きになった映画俳優だからさ(笑)。
渡辺
それは尚更、感慨深いですね。
山崎
うちの母が雑誌『ロードショー』を買っていたの。フィービーが出演する『初体験/リッチモンド・ハイ』(1982年)や『プライべートスクール』(1983年)が公開されるたび、表紙は彼女。しかも、ポスターがついてたもんね。もうめちゃめちゃかわいいと思って、好きになった。
渡辺
ライナーを見ると、ご丁寧に身長や体重などのボディサイズや、「特技:ジャズダンス」とか書いてあって。昭和の芸能界の様子がうかがえますね。
バブル経済真っ只中。世界的な音楽家も、日本から作品を発表
山崎
それから、ちょっと意外な日本制作盤。マイルス・デイヴィスやチック・コリアとも共演したドラマーのジャック・デジョネット『ZEBRA』(1986年)。フォトグラファー内藤忠行さんの映像作品のサウンドトラックとして制作されたという、珍しい企画ものの作品。
鶴谷
アート・アンサブル・オブ・シカゴのトランペッター、レスター・ボウイも参加。日本制作だけど、海外リリースもされていて。豪華な作品だね。
渡辺
リズムボックス、シンセサイザーをベースにした、ミニマルなリズムトラック。なかなかいいアルバムですね。
鶴谷
シンセサイザーの型番がクレジットされていて。ドラマーだけど、プログラミングしているのかな。
山崎
アフリカ音楽をデジタルで解釈した感じというか。どこか、80年代に活躍したキーボード奏者兼アレンジャーのウォーリー・バダルーっぽいよね。
渡辺
イギリスのフュージョングループ、レベル42の元メンバーで、トーキング・ヘッズやグレイス・ジョーンズの諸作にも参加している音楽家だけど、『カントリーマン』(1982年)や『蜘蛛女のキス』(1985年)のスコアでも知られていますね。
山崎
アンビエントやニューエイジが流行っている、今のムードに合っているかな。昔はよくジャケットを見ていたんだけど、最近見なくなってきていて。珍しいものではないけどね。
渡辺
アーティスト同士の繋がりもあるのか、展覧会のサントラを有名なジャズマンに頼むなんて、予算が潤沢にあるのがうかがえて、羨ましいですよね。映画の話に戻すと、バブル時代には、『幻魔大戦』のキース・エマーソンや、『南極物語』のヴァンゲリスなど、海外のアーティストを招いた作品が多かったな。
フランスの映画界&サウンドトラックには、まだまだ未開の作品が!?
鶴谷
2023年も、我々サントラ・ブラザースは、いろいろなイベントからお声がけいただいたり、パーティを主催したりしましたが、個人的に印象的だったのがシャルロット・ゲンズブールが主演した『午前4時にパリの夜は明ける』の公開記念のイベント。
渡辺
ありましたね。映画の内容に合わせてフレンチとニューウェーブ縛りの選曲。
鶴谷
80年代のパリを舞台にした作品だったから、いろいろ探して買ったものの中で、ジャン・ピエール・マスというジャズピアニストの作品と出会って。ヨーロピアンジャズが好きな人には、結構有名なアルバムを出している人なんだけど、どうやらサントラも何枚かやっているみたい。ジャズファンクみたいなものもやっている作品があって、これからいろいろ集め、研究してみようかなと思っています。
山崎
80年代フランス映画のサントラは、まだ掘り甲斐があるよね。
鶴谷
日本に入ってきていないものも多いでしょうし、映画自体はつまらなそうだけど、スコアがいいというケースは多いんじゃないかな。この『Ma Chérie』(1980年)も、サントラは7インチシングルしか出ていない作品。多分どうでもいいメロドラマだろうけど(笑)。B面「Les Yeux De Jeanne」が、エリック・サティのようなピアノインストで、昨今のアンビエントブームにも繋がるような曲。
山崎
こういう発見は嬉しいよね。派手めな曲はわかりやすいから、視聴していて気づくんだけど、こういうピアノソロとか見つけにくい。
鶴谷
『なまいきシャルロット』(1985年)の7インチを探していて、フランスのオンラインショップでインストックだったお店を見つけたんだよね。とにかくヨーロッパからは送料が高いから、他にも何かレコードがあったら一緒にオーダーしようと、掘っていた時に、たまたま『Ma Chérie』を見つけたんだよね。
渡辺
でも、お高いんでしょう?
鶴谷
まだ、この辺は安いんだよ。本体だけなら1000円しないくらい。円安はいつになったら治るのかな。
山崎
由々しき問題だね。
鶴谷
それから『In Extremis』(1988年)の映画のサウンドトラックとして7インチリリースされている『TANGO ROCK』という映画の7インチ。ゲンズブールとも共作していたミシェル・コロンビエールがプロデュースしていて。B面の変拍子のジャズインストが素晴らしい。ジャケットから、どんな映画なのか、さっぱり想像つかないけど。
映画界にファンが多い、ルー・リードとヴェルヴェッツ
――ヴィム・ヴェンダース『Perfect Days』が公開中ですが、役所広司演じる主人公が、60〜70年代の渋いロックやポップスをカセットテープで聴いているんですよね。
渡辺
ルー・リード「Perfect Day」は、『トレインスポッティング』で使われいて、地味渋な人気曲になっていますよね。東京が舞台だからか、金延幸子「青い魚」というセレクトが素晴らしいな。
鶴谷
2年ほど前に、代々木公園界隈でヴェンダースの目撃情報があって、「まさか!?」なんて言っていたら、本人だったという。
渡辺
劇中ではヴェルヴェット・アンダーグラウンド「Pale Blue Eyes」も使われているそうです。それでいうと現在配信中の『87分1の人生』(原題:A GOOD PERSON)は、我らのフローレンス・ピューさんが、ヴェルヴェッツの「After Hours」を歌うシーンから始まるんです。
鶴谷
え!?マジで!
渡辺
しかし、サントラ盤には本家版、ヴェルヴェッツのモーリン・タッカーが歌う「After Hours」が収録されています。どうかピューさんの歌う同曲を、シングルカットしてほしい!
鶴谷
『87分1の人生』のサントラでは、ピューさんが歌った曲も入っていて。素敵な低音ボイスを聴かせてくれました。2023年度は新作のサントラもよかったけど、2024年もいい映画音楽と巡り会いたいですね。