バイオレンスからコメディまで、
イタリア映画にはモリコーネ劇伴あり!
———1月に公開された映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』の公開を記念し、恵比寿で開催された『La Casa Della Musica feat.エンニオ・モリコーネ』に出演したそうですね。
渡辺克己
パーティの4時間、モリコーネ作品のみをプレイしました。とにかく氏が手掛けた映画音楽は300作品とも400作品とも言われていて、2020年の没後には未ソフト化の作品もレコード/CD化されたため、追加で集めていきました。映画を観ればわかる通り、作品数はもちろん、マカロニ・ウエスタンからホラー、お色気コメディやヒューマンドラマまで。作品ジャンルの幅も広いため、掘り甲斐があり、楽しくやりましたが、最後は数が多すぎて、軽くパニックになりました(笑)。
———ソフト化されたものにはボーナストラックも多そうですね。
山崎真央
映画の公開当時に発表されたオリジナル盤未収録だった曲が、ボーナストラックとして、原盤の曲数の倍くらい入っているものもあって(笑)。残念ながら劇中では使われない曲もかなりあるんだけど、それを聴くと意外とよかったりして。とにかく、めちゃくちゃ曲を作っていたことがわかります。
鶴谷聡平
そうなんだよね。個人的に一番顕著な例だと思ったのが『暴行列車』(1975年)。5年くらい前に初めてCDが発売されていて、最近LP化されたんだけど。アマゾンのユーザーレビューを見ていたら、クエンティン・タランティーノが『グラインドハウス』(2007年)を制作するとき、参考資料としてロバート・ロドリゲスに『暴行列車』を観せたと書いてあって。気になったので、中古DVDも入手して、お正月に観てみたんですよね。これがキツい映画で(笑)。オープニングの牧歌的なクリスマス・マーケットのシーンでは、モリコーネが主題歌を書いた『ペイネ 愛の世界旅行』(1974年)のセルフカバー・バージョンが、ほぼ丸々1曲使われていて。子供のコーラスが入っていたり、少しアレンジが変わっているんだけど、曲としてはこっちの方が好きかな。
山崎
盤が黄色だね。レコード盤面の溝が見えないやつ(笑)。
鶴谷
困るんだよね(笑)。映画のストーリーは、クリスマス休暇の時期、ドイツのミュンヘンの大学へ通う女子学生2人が、イタリアへ里帰りするために深夜特急に乗るというところから始まる。クリスマス・マーケットのオープニングは、幸せの象徴みたいなんだけど、そこから電車に乗り込むと、タイトル通り、大変なことになっていって(笑)。よかったら貸そうか?
山崎
心の準備が必要そうだから、またにします……。『ペイネ』は7インチシングルだけ持ってる。
鶴谷
アルバムの最初もあるけど、モリコーネが手掛けた曲はメインテーマだけ。後はアレッサンドロ・アレッサンドロー二が劇伴を手掛けていて。
渡辺
『暴行列車』の英語タイトルは『Last Stop on the Night Train』で、ちょっと『鮮血の美学』(原題『The Last House on the Left』)みたいでカッコいいんだけど、内容はバイオレンス映画なの?
鶴谷
本当に救いがないというか……。それを前提に覚悟して観れば、映画としてはおもしろいかもしれない。電車内で、女子学生が暴漢たちに襲われる中、同乗していた中年女性も被害に遭うんだけど、途中でどういうワケかチンピラに発情しはじめて結託し……。寄ってたかって女子学生2人をいたぶるという。
渡辺
あぁ、ストックホルム症候群的みたいな。
車輪などの環境音を取り込んだ、
実験精神溢れる初期のモリコーネ
鶴谷
電車の車輪が回る音をリズムのようにして、ハーモニカの旋律をミックスさせて不吉なムードを煽っているんだけど。それが映画の内容ともリンクしていておもしろい。
山崎
もともとは実験的な音楽を作っていた人で、楽器以外の音を取り入れるとか、アイデアや着眼点が素晴らしいな。
鶴谷
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)や 『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年)など、モリコーネ作品は泣けるメロディのイメージが強いけど。『暴行列車』は不穏でしかないという。
渡辺
『ニュー・シネマ・パラダイス』を共作した息子のアンドレアが公言しているけど、モリコーネ自身は美しい映画や音楽が好きみたいですね。個人的にはマカロニ・ウエスタンが好きなので、不穏でダークな曲が好きですけど。
山崎
基本的に暗い曲が多いよね。今回の『La Casa Della Musica feat.エンニオ・モリコーネ』のために、かなりレコードを買い足し、改めて聴いてみたんだけど。
———今回は映画のイベントですが、ダンスフロアで輝く曲もあるんですか?
山崎
1960〜70年代のものに多いんだけど、『わたしは目撃者』(1971年)の劇伴「Placcaggio」の7インチシングルを探していたんだけど、レア盤なのでなかなか買えず。この機会にリプレスのLPを買ったんだよね。
鶴谷
イントロのドラムブレイクがカッコいいね。ポスターやブックレット、ボーナストラックもたくさん入っていて、資料的な価値もある。
山崎
250枚限定のデラックスエディション盤で、かなり高いんだよ。しかし、目当ての曲が1曲だからさぁ……正直やり過ぎた感もある(苦笑)。
渡辺
『わたしは目撃者』は、ダリオ・アルジェント監督作。モリコーネとの絡みも熱いけど、『モリコーネ 映画が恋した音楽家』で証言されたみたいに、この作品前後で2人の蜜月が終わらなければ、後のアルジェントと『サスペリア』(1977年)などを手掛けるゴブリンとの組み合わせはなかったわけだから、なかなか趣深い。調べてみると、アルジェントはジャッロ(ホラー映画の名称)を当てる前、セルジオ・レオーネ監督作のマカロニ・ウエスタンの脚本も手掛けていますね。
山崎
モリコーネがマカロニやっていた頃と同時期かな。マカロニって、日本でもたくさん公開されているし、きっとお金になったんだろうね。
タランティーノをはじめ、
ハリウッドでも愛されたメロディ
鶴谷
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)で、レオナルド・ディカプリオ演じるリック・ダルトンがアメリカで売れなかったから、イタリアへ出稼ぎみたいに行くという話があったもんね。
渡辺
タランティーノ自身も『モリコーネ 映画が恋した音楽家』に出演してコメントしていますが、『グラインドハウス』をはじめ、『キル・ビル Vol.2』(2004年)や『イングロリアス・バスターズ』(2009年)などで、モリコーネが過去の映画に書き下ろしたいわゆる既発曲を、自分の映画で使用している。『ヘイトフル・エイト』(2015年)では、ようやく念願が叶ってモリコーネにオリジナルスコアを依頼し、それが自身としては初のアカデミー作曲家賞に輝くという。
———ハリウッド作品も数多くあったのに、亡くなる直前に初受賞できたとか、奇跡のような話ですね。
渡辺
『ミッション』(1986年)と『アンタッチャブル』(1987年)とか、超名盤だと思って、いつも聴いています。『モリコーネ 映画が恋した音楽家』でも、アカデミー賞会員が「『ミッション』で賞を贈呈できなかったことを懺悔していて。なんかスッキリしましたよ。
鶴谷
それから『アンタッチャブル』の階段のシーンは、当初ブライアン・デ・パルマ監督は無音でいこうと考えていたところ、モリコーネのアドバイスを聞き入れオルゴールの曲を使用したとか。かなり貴重な話だね。
山崎
デ・パルマの懐の深さが窺い知れる逸話。
『ニュー・シネマ・パラダイス』って、
なんだかんだ言ってもやっぱり名盤!
———映画やイベントを通して、改めてエンニオ・モリコーネという音楽家は、どんな存在でしょう?
山崎
モリコーネって、なんか武満徹に近い存在じゃないかな。
鶴谷
どういうこと?
山崎
不協和音みたいな音、イヤな方向に入っていくメロディを作ることに長けているというか。それにしっかりした音楽的な素養や論理を持っているにもかかわらず、作品に応じて楽器以外の音も使う。意外と誰もやってこなかったことを実践し、映画音楽の世界を拡張した人だと思う。
渡辺
確かに、弦楽器の単音を使った不吉な旋律は、アメリカ映画ではオーケストラになりがちで、あまりなかったかも。
———有名な作品も多いけど、モリコーネ劇伴の映画の多くは日本未公開だったりして。調べてみると、コメディやお色気映画も多い。イタリアにおいてはいわゆるB級映画という扱いなんですかね?
山崎
日本へ入ってくるイタリア映画って、B級だらけというイメージじゃない?
渡辺
1960年代の話だけど、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でも、リック・ダルトンがハリウッドのプロデューサーからイタリア行きを勧められ、人目を憚らず泣いてたから(笑)。ちょっと都落ち感はあったのかも。
山崎
イタリアから世界的に流行する作品はあまりなく、イタリア国内かヨーロッパで人気があったのかもしれない。
鶴谷
ルキノ・ヴィスコンティやフェデリコ・フェリーニとか、もちとん巨匠と呼ばれる作家もいるけど、話題にあがるのはいわゆるB級映画というものが多いのかもね。
渡辺
そんな中、やっぱり日本では『ニュー・シネマ・パラダイス』が根強い人気ですね。真央さんが持っているジャケット、珍しいものですね。
山崎
オリジナル盤やリイシューを含め、いろいろなイメージのジャケットで発売されているんだけど、公開時のギリシャ、フランス韓国盤と、2000年に出た日本盤のLPだけ、当時のポスターと同じトトとアルバトーレのデザインなんだよね。次に再発する時は、是非このデザインで出して欲しいですね。