『Songhai』Ketama/Toumani Diabate/Danny Thompson(1988年)
コラとフラメンコ・ギターの
ユニークな共演。
前回は、トゥマニ・ジャバテのコラの独奏で、アルバム『Kaira』から「Jarabi」を選びましたが、今回は敢えて、同じ曲をバンドの演奏で選びました。というのは、同じ曲だと言われない限り、誰も気づかない、いや、言われてもよくわからないかもしれないくらい違う演奏だから。そしてもちろん、夏にピッタリの涼しげな名盤でもあります。
ではなぜ、同じ曲なのにそれほどまでに違うのか。それは一つにはマリの伝統音楽の性質によります。「Jarabi」はマリでは知らない人がいないほど有名な伝統音楽ですが、マリの伝統音楽はかなりの部分を即興演奏が占めているんです。基本のフレーズはありますが、そこにアドリブが被さってくることでまるで別の曲に聞こえてしまうことがある。「Jarabi」には歌もあって、歌が入るともう少しわかりやすいんですけどね。
加えてこのアルバムは「ヌエボ・フラメンコ」のギター・トリオのケタマとの共演ですから、さらにややこしくなる。ケタマはパコ・デ・ルシア以降に現れた、いわばフラメンコのフュージョンのようなスタイルのバンドで、ジャズやR&Bなどを採り入れていました。コラを自在に操るトゥマニとキレのいいフラメンコ・グループとテクニシャンの共演ですから、当然、演奏はスリリングで素晴らしいけれど、「Jarabi」の基本のフレーズを聴き分けるのはとても困難になるわけです。
そして面白いことに、この共演は企画されたコラボレイションではなくて、たまたまトゥマニもケタマもロンドンに来ていて時間があったから、ロンドンのウッド・ベイスの名手、ダニー・トンプスンも呼んでセッションしてみたということだったらしい。で、やってみたらあまりに素晴らしいのでアルバムにして出しちゃったということのようです。
この『Songhai』もトゥマニのソロも1988年の作品で、共にハニバル・レーベルから出ていて、プロデューサーも同じルーシー・ドゥランですから多分間違えないでしょう。みなさんもぜひ聴き比べてみてください。
side A-1:「Jarabi」
ケタマのフラメンコ・ギターとトゥマニのコラ、そしてダニー・トンプスンのベイスがスリリングに絡み合う名演です。80年代後半はワールド・ミュージックがジャンルとして確立し、ロンドンやパリには各地の腕達者が姿を見せ、このような実験的なアプローチがさまざまな形で実現したんです。