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チームに必要なことは“多様性”。宇宙飛行士・野口聡一が考える、コミュニケーション術 〜前編〜

宇宙空間という極限環境に3度赴き、国際宇宙ステーションの閉鎖環境に通算1年近く滞在した日本人宇宙飛行士。現役引退した彼のもとに企業から舞い込む依頼は「コミュニケーションスキル」や「組織作り」という、ビジネスに直結するテーマの指南役という。不確実さが増す時代に有効な「多様性のあるチーム」は、どうしたら作れるのか?

photo: Jun Nakagawa / text: Hirokuni Kanki

不確定な未来に対応するための、強靭(きょうじん)なグループ・ダイナミクスとは?

宇宙飛行士の仕事は、ミッションごとに3~4年のサイクルです。メンバーが決まってから、一緒に訓練を積んで宇宙へ行き、地球に帰ってきて解散する。最初は“寄せ集め”だった集団が、徐々に最高のチームに出来上がっていく繰り返しです。

粒揃いの候補者から選ばれるので、一人一人のポテンシャルは高いものの、最初はまるで違う方向を向いています。でも、同じ船に乗るからには誰かがそっぽを向いていると全員が死んでしまう可能性があるわけです。打ち上げの瞬間までに4人が同じことを考えて、同じ方向を向いているチームを作らなければなりません。そのために重要なのがコミュニケーションです。

なぜ、宇宙飛行士のチームに多様性が必要なのか?

もし、1人だけでカプセルに乗って宇宙に行くなら、それほどコミュニケーションのスキルは必要ありません。2人の場合も、同じ学校を出たような相棒と組めば、気心が知れてノンバーバル・コミュニケーション(*1)が通じるでしょう。

あえてバックグラウンドが異なる4人をチームにするのは、前例のない課題にさまざまな解法を提示できる可能性や、一つの危機で総崩れにならない強靱さが持てるからです。

現代はVUCA(*2)と呼ばれるように、不確実で先が読めない、複雑性が増した時代です。予測できない課題へ対応するには、多様性に富むチームで当たった方がいいとされています。

ただし、異なる考えや主張を持ったメンバーでチームを実際に作るのは大変なので、ある種のメソッドは不可欠。それがチームビルディングの手法、あるいはグループ・ダイナミクス(*3)の理論です。NASAではそれらをちゃんと学んだ後、実践の場で磨き上げます。

自分の考えを伝えるためのアイスブレイクの大切さ

一般的なビジネスシーンで言われるコミュニケーションスキルは、いかに舌先三寸で相手を丸め込むかという「セールストーク」の印象があります。そうしたトーク術も場面によっては有効です。

私自身、自分の考えをアメリカ社会で伝えるために、アイスブレイク(*4)の大切さが身に染みています。コミュニケーションの過程では、いきなり結論を言われて、すぐさま「はい」と言える人は少ないです。会話が流れるきっかけとして、導入となる話題は大事。私は本当に自分が話したい内容の前に、少なくとも2つの引き出しを準備します。

まず、相手のバックグラウンドを頭に入れておく。出身地なり、母校なりに関する話を会う前に1つは用意します。次は、誰でも受け入れやすい天気かスポーツの話です。その後に本題ですが、いきなり切り出さずにそちらの方向へなんとなく話題を持っていくのがスマートです。

例えばコミュニケーションやチームビルディングの話をするなら、「この前、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんに会ったんですよ」「岡ちゃんって、夏休みの子供たちを瀬戸内海の無人島に連れていってサバイバル訓練をやるそうです。それが宇宙飛行士のコミュニケーション訓練にすごく似ているんですね」という話を最初にすると「そうなんだ」と耳を傾けてくれるわけです。

私は30歳で初めてアメリカへ行きました。社会における常識の範囲が違ったし、笑いのツボも、食べ物も違う。さらに宇宙飛行士の世界は軍人文化で成り立っているので、仕事への接し方も違う。面倒でもお互いの考えを口に出して確認しなければならない機会が多かったです。そこでは、相手の話をしっかり受け取る「聞く力」と、自分が思っていることを相手にちゃんと伝える「プレゼンテーションスキル」がコミュニケーションのベースになりました。

対立を乗り越える力を引き出すグループ・ダイナミクス

その一方で、チームビルディングにおけるコミュニケーションは「集団としてのパフォーマンスを上げる手段」です。双方向のコミュニケーションが理想ですが、いきなりは難しいので、まずは単方向の組み合わせを使って徐々にチームとしての精度を高めていきます。その指針となるのが、タックマンモデル(*5)における「集団をいかに作っていくか」という4段階です。

最初は「フォーミング(形成期)」。まず集まって、メンバーを知る段階です。とりあえず顔と名前が一致するようにしてもらうため、リーダーが主導してパーティやボードゲームなどをするのがアメリカ流。日本の場合、顔合わせと称した「飲みュニケーション」かもしれませんね。

第2段階は「ストーミング(混乱期)」という対立の時期です。お互いに否定し合い、批判し合う。ここがグループ・ダイナミクスですごく大事ですが、日本の組織だと手前のフォーミングで終わってしまうことも多い。私は20代の頃、日本企業の会社員として工場で働いたので、日本的な組織にも触れています。

日本人は、一言で言うと相手に嫌われたくない。グループとしての対立が表面化するのを避けます。上司と部下がケンカするのを見るのも嫌だし、自分が対立に入るのも嫌。そんなことせず、うまくやっていきたいのですね。しかし、グループ・ダイナミクスはアメリカ的な集団作りの理論なので、顔を見知った後、一度はお互いの「差」を際立たせる時間が必要だとする立場です。

第3段階は「ノーミング(統一期)」と呼ばれます。対立を経た後に「どうすれば互いに妥協できるか?」を探り、目標に向かってチームが統一されていきます。ここで全員が同じ方向を向いて進み始める。重要なのは「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」の役割です。

どこが一緒なのかを見るのがフォーミングなら、どこが違うかを限界まで明らかにするのがストーミングです。その段階を終えたコミュニケーションの流れは、リーダー主導型から、フォロワーである部下からの声が積極的に上がるボトムアップ型に変わっています。対立が生じた後、リーダーが交通整理をするのがノーミングです。

部下同士の意見がいかに合っていないか。あるいは部下がリーダーの目標にどう反対しているか。そうした声をリーダーが吸い上げるとき、少数派の意見をちゃんと聞くのが大切。メンバーの多数派も、少数派の意見をそこで知ることができます。

意見の合わないメンバーが「本来の私の考えと違いますが、このチームのやり方としてはこれが正しいと思って、全体の方針に従います」と心から言えれば成功。自分の考えとは「違う」ということを理解してもらったうえでリーダーの方針がわかれば、そのメンバーも妥協できます。それがないと「本当の意見は違うけど、言われたことを黙ってやればいいや」という感じで、チームが完全なパフォーマンスを発揮できません。

集団作りの完成形が、実際にチームで成果を出せるようになる「パフォーミング(機能期)」という4番目の段階です。

こうしたグループ・ダイナミクスをアメリカでは教えますが、それを理解してチーム作りにどう当てはめるかは、実践あるのみです。