豊かなアイデアを、小さな窓のように設(しつら)える
「存を意識しないくらい空間に馴染んでいて、それでも目に入れば気分がちょっと高揚する。何かに役立つとか経済的価値とかの文脈とは関係ないところで、輝いている作品が好き」
蒸留家の江口宏志さんがそう話す。自宅の玄関ホールは吹き抜けで、階段にはアートが数点飾られている。小さいものはポストカード大、大きくても縦50cm。いろんな景色を閉じ込めた窓みたいだ。
「ここを家族が集まる場所にしたかったんです。壁に本棚を作り、座れる場所を考えて……そうするうちに、好きな絵があるのも悪くないな、と買ったり交換したり。1階が仕事場で2階が住居なので、絵のある壁からが“家”なのだと、気持ちの切り替えにもなってます」
大小3点並べたのは、建築家でアーティストのナイジェル・ピークによるリトグラフ。
「遠近感ゼロな作風が面白い。大きい作品は模様っぽく見えるけど、実は窓からの景色が描かれています。それに気づいた瞬間、頭の中に街の小道やビル群がぶわっと広がって、すごく気持ちいいんです」
その周りには、ロナン・ブルレックや熊谷彰博の版画。山本祐布子の切り絵や古賀充の平面作品も。
「電線をほぐして葉っぱの形を作った古賀くんのアートには、どうしたらそんなことを思いつくんだろうって感動します。目に見える情報はシンプルなのに、豊かなアイデアが感じられる点もいいんですよね。といっても、そこから何かを得たいわけじゃない。自分では発想し得ないものに触れることが、ただただ心地いいんです」
Nigel Peake、山本祐布子、古賀充、熊谷彰博、Ronan Bouroullec

1:ナイジェル・ピーク/1981年北アイルランド生まれ。建築家でもあり、都市の景観や自然をテーマにする。繊細なラインワークによるドローイングのほか、近年はリトグラフも制作。大の本好きで、栞(しおり)をテーマにした小品も手がける。
2:やまもと・ゆうこ/1977年東京都生まれ。イラストレーター。リンゴなどの果物をテーマにした切り絵シリーズには、食感までイメージさせるみずみずしさがある。〈mitosaya薬草園蒸留所〉の一員でもあり、ジャムやお茶を製作。
3:こが・みつる/1980年神奈川県生まれ。造形作家。金属板とペンキ着色による立体のような平面作品《PAINT CAN》など。日常にある素材や形をすくい上げ、新たな表情を与える。
4:くまがや・あきひろ/1984年東京都生まれ。デザイナー、ディレクター。2020年より、木の木目をそのまま版にして木材の形を描く独自の木目版画、《OBJECTS》を制作。伝統技法を再解釈したアートであり、ポップデザインでもある。
5:ロナン・ブルレック/1971年フランス生まれ。モダンファニチャー界の寵児(ちょうじ)ブルレック兄弟の兄。現在はドローイングなどのソロ活動を行う。〈イデーショップ〉と共にパリの印刷工房〈イデム・パリ〉で制作したリトグラフも人気。
Stefan Marx

ステファン・マルクス/1979年ドイツ生まれ。ベルリンを拠点に活動するイラストレーター。スケートボードをテーマにしたユニークなドローイングで知られるほか、世界各国に滞在し、その町を題材にしたZINEを作るほどの本好き。