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スケートボードチーム〈PALACE〉「俺たちがかっこいいと思う。それだけで十分」

ロンドンのストリートを席捲するスケートブランドの〈パレス スケートボード〉。ロンドン、ニューヨークの店では新作があっという間に完売。そして今夏のニュースは、あの ウィンブルドンへの進出だ。日本にショップができるという噂も耳にするが、次は何を仕掛けるのか?ファッション業界も注目するパレスについて、ロンドン出身のライター、 ディーン・キシックが綴る。

text: Dean Kissick

その日、ソーホーにいた。昼食をどこで食べようかと悩みながらブリューワー・ストリートを歩いていると、パレス スケートボード(以下パレス)のショップが目に入った。店に入るという選択肢しかなかった。

理由は、ブラックメタルが大音量で流れていたから。店に入ると躊躇することなくShazamを開く。バーズムの「Jesus' Tod」だった。

店内には、アジア人のツーリストや、親を連れ回しているキッズたちの姿が。髪がボサボサの30代半ばの男もいて、入荷したばかりの新作について熱心に話していた。店を出る頃に気づくのだが、ボサボサ頭の彼はパレスのスタッフだった。

店内のラックには、カラフルなジャージーからTシャツやジーンズ、それに犬の首輪まで色々なアイテムが並ぶ。そして壁に掛けられたモニターでは最新のスケートビデオが流れている。
VHSで撮影された映像は、独特の粒子感に加え、ギャグやロンドンスラングをふんだんに含んでいる。

そしてランダムで軽快な編集が観る者を夢中にさせるのだ。パレスの設立者のレヴ・タンジュは、いつか自分が撮影したスケートビデオをリリースすることが憧れだった。きっと今は夢のような世界を生きていることだろう。

レヴの母はイギリス人で、父はトルコ人。ロンドンのはずれにあるクロイドンという町で生まれ育った。
「当時はサウスバンクで毎日スケートばかり。仕事もしてなかったから、失業手当をもらって生活していたよ」と語る。失うものなど何もなかったレヴは2009年、思い立ってパレスを始めることにした。26歳のことだった。

創立から9年経ち、今のパレスには、ルシアン・クラークやブロンディ・マッコイなど12名のプロとアマチュアのライダーが所属している。このようにライダーを抱え、スケートビデオを定期的にリリースするロンドンのスケートブランドは、パレスぐらいしか思いつかない。

そして次世代を担うスケーターキッズへのケアも忘れてはいない。タダでデッキを配ったり、スケートビデオを無料でダウンロードできるようにしたり。それに昨年、ペッカムにある巨大倉庫内にMWADLANDSというスケートパークも造った。

スケートパーク MWADLANDS
2017年にオープンしたスケートパークMWADLANDS。現在は閉鎖中だが、誰でも無料で滑れるスケートスポットだった。

パレスのアイテムも、色々なバックグラウンドを持つキッズたちが手にできるように、リーズナブルな価格帯に設定している。彼らがやることすべてが、スケートに対する深い愛とセンスを感じさせる。

数ヵ月前、地下鉄に乗って仕事へ向かっていた時にある駅で大きなビルボードを目にした。アディダスとパレスがコラボレーションしたビジュアルだ。

パレスの看板スケーターの一人、ブロンディ・マッコイが真っ白なテニスウェアを着てひざまずき、歓喜のガッツポーズをしている。実際、今夏のウィンブルドンが開幕すると、アディダスと契約しているテニス選手たち(特に若いプレーヤー)は、このウェアに身を包み、コートに立っていた。

思い返すと、2012年にはイギリス生まれのスポーツブランド、アンブロとコラボレーションしてサッカーのユニフォームも作っていた。そして今回のアディダスとのウィンブルドンプロジェクト。まさにイギリスの新しい“カジュアルズスタイル”が確立した。

アディダスオリジナルス×パレス スケートボード コラボレーションテニスウェア
2018年にアディダスオリジナルスとコラボレーションしたテニスウェア。ウィンブルドンを意識し、すべて白を基調としたコレクションに。今夏の大会でも、アディダスと契約する選手たちが着用し、グリーンコートでプレー。由緒正しい大会にストリートが登場した。©Alasdair McLellan

パレスが話題になり始めた2010年頃、パレスのライダーたちがキングリー・ストリートのパブの外でボードに座りながら談笑していたのを覚えている。

あの時の彼らが今では『VOGUE』などのファッション誌に取り上げられ、メゾンブランドのキャンペーン写真を撮りまくるフォトグラファー、アラスデア・マクレランのお気に入りの被写体となっている。ロンドンに住む者からすると、誰もこんなことになると想像していなかったはずだ。

パレスのデザインはレヴと友人であるナゲット(ガブリエル・プラックローズ)が手がけている。
グラフィックはファーガス・パーセルとベン・ドリューリーとタッグを組み、彼ら自身、またはライダーなどの友人たちのために作られている。

「俺にとってはそれが重要なんだ。すごく個人的なことだってわかっているけども、自分が作ったものを自分で着られるのって最高なんだ」とレヴは言う。その結果、パレスはマーケティング部署がなくても、PRチームがいなくとも、ショップは人で溢れ、メディアからも熱い視線を送られている。

パレスの三角形のロゴを作ったグラフィックデザイナーのファーガス・パーセルと自宅で話したことがあった。

「お前、レヴに会ったことあるんだろ?あいつって最高じゃない?出会ってすぐ仲良くなったんだ。いつもポジティブで良い雰囲気で接してくれるし。
会った時の印象だけで言うと、“うわっ、こいつ何かすごいことやりそうだなぁ〜”というよりも“ナイスガイ!知り合いになれて嬉しい”程度だった。

でも、彼を印象づけたのは、レヴは俺と同じように、ファッションに強い興味を持っていたということ。でも画面を眺めるだけの俺とは違って、あいつはいろんな服を着ていたんだ。
俺は“最近のモスキーノかっこいいよなぁ〜”と感心しているだけだったけど、あいつは実際にモスキーノを買って着ていたからね」

そしてレヴも自身を振り返る。
「若い頃は、コム デ ギャルソンの配色が面白い襟のシャツを着ながら滑っていた。失業手当をもらうと、その足でドーバー・ストリートに直行する俺の姿をみんな面白がっていたね。バカだったのかもしれないけど、俺はいいものはいいと思っていた」。

このレヴの感覚こそ、パレスがスケートの枠を超え、ファッション業界からも大きな注目を集める理由だ。
そして「ただつまらないものだけは作りたくない」とレヴが言うように、ロンドナーとして、これからのパレスの挑戦を楽しみにしたい。