その日、ソーホーにいた。昼食をどこで食べようかと悩みながらブリューワー・ストリートを歩いていると、パレス スケートボード(以下パレス)のショップが目に入った。店に入るという選択肢しかなかった。
理由は、ブラックメタルが大音量で流れていたから。店に入ると躊躇することなくShazamを開く。バーズムの「Jesus' Tod」だった。
店内には、アジア人のツーリストや、親を連れ回しているキッズたちの姿が。髪がボサボサの30代半ばの男もいて、入荷したばかりの新作について熱心に話していた。店を出る頃に気づくのだが、ボサボサ頭の彼はパレスのスタッフだった。
店内のラックには、カラフルなジャージーからTシャツやジーンズ、それに犬の首輪まで色々なアイテムが並ぶ。そして壁に掛けられたモニターでは最新のスケートビデオが流れている。
VHSで撮影された映像は、独特の粒子感に加え、ギャグやロンドンスラングをふんだんに含んでいる。
そしてランダムで軽快な編集が観る者を夢中にさせるのだ。パレスの設立者のレヴ・タンジュは、いつか自分が撮影したスケートビデオをリリースすることが憧れだった。きっと今は夢のような世界を生きていることだろう。
レヴの母はイギリス人で、父はトルコ人。ロンドンのはずれにあるクロイドンという町で生まれ育った。
「当時はサウスバンクで毎日スケートばかり。仕事もしてなかったから、失業手当をもらって生活していたよ」と語る。失うものなど何もなかったレヴは2009年、思い立ってパレスを始めることにした。26歳のことだった。
創立から9年経ち、今のパレスには、ルシアン・クラークやブロンディ・マッコイなど12名のプロとアマチュアのライダーが所属している。このようにライダーを抱え、スケートビデオを定期的にリリースするロンドンのスケートブランドは、パレスぐらいしか思いつかない。
そして次世代を担うスケーターキッズへのケアも忘れてはいない。タダでデッキを配ったり、スケートビデオを無料でダウンロードできるようにしたり。それに昨年、ペッカムにある巨大倉庫内にMWADLANDSというスケートパークも造った。
パレスのアイテムも、色々なバックグラウンドを持つキッズたちが手にできるように、リーズナブルな価格帯に設定している。彼らがやることすべてが、スケートに対する深い愛とセンスを感じさせる。
数ヵ月前、地下鉄に乗って仕事へ向かっていた時にある駅で大きなビルボードを目にした。アディダスとパレスがコラボレーションしたビジュアルだ。
パレスの看板スケーターの一人、ブロンディ・マッコイが真っ白なテニスウェアを着てひざまずき、歓喜のガッツポーズをしている。実際、今夏のウィンブルドンが開幕すると、アディダスと契約しているテニス選手たち(特に若いプレーヤー)は、このウェアに身を包み、コートに立っていた。
思い返すと、2012年にはイギリス生まれのスポーツブランド、アンブロとコラボレーションしてサッカーのユニフォームも作っていた。そして今回のアディダスとのウィンブルドンプロジェクト。まさにイギリスの新しい“カジュアルズスタイル”が確立した。
パレスが話題になり始めた2010年頃、パレスのライダーたちがキングリー・ストリートのパブの外でボードに座りながら談笑していたのを覚えている。
あの時の彼らが今では『VOGUE』などのファッション誌に取り上げられ、メゾンブランドのキャンペーン写真を撮りまくるフォトグラファー、アラスデア・マクレランのお気に入りの被写体となっている。ロンドンに住む者からすると、誰もこんなことになると想像していなかったはずだ。
パレスのデザインはレヴと友人であるナゲット(ガブリエル・プラックローズ)が手がけている。
グラフィックはファーガス・パーセルとベン・ドリューリーとタッグを組み、彼ら自身、またはライダーなどの友人たちのために作られている。
「俺にとってはそれが重要なんだ。すごく個人的なことだってわかっているけども、自分が作ったものを自分で着られるのって最高なんだ」とレヴは言う。その結果、パレスはマーケティング部署がなくても、PRチームがいなくとも、ショップは人で溢れ、メディアからも熱い視線を送られている。
パレスの三角形のロゴを作ったグラフィックデザイナーのファーガス・パーセルと自宅で話したことがあった。
「お前、レヴに会ったことあるんだろ?あいつって最高じゃない?出会ってすぐ仲良くなったんだ。いつもポジティブで良い雰囲気で接してくれるし。
会った時の印象だけで言うと、“うわっ、こいつ何かすごいことやりそうだなぁ〜”というよりも“ナイスガイ!知り合いになれて嬉しい”程度だった。
でも、彼を印象づけたのは、レヴは俺と同じように、ファッションに強い興味を持っていたということ。でも画面を眺めるだけの俺とは違って、あいつはいろんな服を着ていたんだ。
俺は“最近のモスキーノかっこいいよなぁ〜”と感心しているだけだったけど、あいつは実際にモスキーノを買って着ていたからね」
そしてレヴも自身を振り返る。
「若い頃は、コム デ ギャルソンの配色が面白い襟のシャツを着ながら滑っていた。失業手当をもらうと、その足でドーバー・ストリートに直行する俺の姿をみんな面白がっていたね。バカだったのかもしれないけど、俺はいいものはいいと思っていた」。
このレヴの感覚こそ、パレスがスケートの枠を超え、ファッション業界からも大きな注目を集める理由だ。
そして「ただつまらないものだけは作りたくない」とレヴが言うように、ロンドナーとして、これからのパレスの挑戦を楽しみにしたい。