『Sachal Jazz』Sachal Studios Orchestra(2011年)
とにかく観て、
聴いてくれればわかります。
まず、パキスタンのスタジオミュージシャンがこんなアルバムを作ってしまった裏話から紹介しましょう。パキスタンの音楽産業というのはインドと同様、映画音楽が主体でしたから、スタジオのお抱えバンドは年がら年中、映画音楽ばかり演奏していました。しかしイスラム原理主義のタリバンがパキスタンを支配するようになって、すべてのポピュラー音楽が禁止され、パキスタンの映画産業は一気に衰退してしまいました。
その後タリバンは駆逐されましたが、すでに映画産業はなくなってしまい、彼らは何か別のことをやらなければならなくなりました。そこでアレインジャーの一人が、我々のテイストでジャズやボサノヴァのスタンダードナンバーを演ってみないか、というアイデアを出したそうです。それでできたのがこのアルバムだったんです。
日本では、渋谷にあるワールド・ミュージックの専門店エル・スール・レコーズの原田尊志さんがこのアルバムに目をつけて、帯をつけて発売したんです。それで僕は彼らのことを知りました。
でも、演っているのは誰でも知っている曲ばかり。それをパキスタンの民族楽器と西洋の楽器+ストリングズという構成で演奏しているんですが、こういう企画はヘタをすると極めて陳腐なものになりかねない危険性があるんです。
僕は届いたCDのライナーを読んで、デサフィナード?イパネマの娘?デイヴ・グルーシン?パキスタンの人たちがこれをやってるわけ?と、音を聴くまでは正直、ほとんど期待しませんでした。いや正確に言えば、YouTubeで彼らの映像を観るまでは。
どうやって知ったのか思い出せないけれど、YouTubeに上がっていたこの「Take Five」の映像を観て、一発で虜になってしまいました。で、慌ててCDも聴いたら全曲面白くて「マジ、疑ってゴメン!」という気分でした。とにかく演奏力がメチャメチャすごくて、もう、夏の暑さなんて吹っ飛びますよ。彼らの背景がよくわかる『ソング・オヴ・ラホール』というドキュメンタリーのDVDもおすすめです。
CD-1:「Take Five」
この演奏を聴いたデイヴ・ブルーベックが、「これまで聴いてきた数多のカヴァーの中でナンバーワンだ」と絶賛したそうです。まさに分水嶺のギリギリを、陳腐の谷へ足を踏み外さずに渡り切った名演。演奏力も編曲も見事です。演っているのはただのおっさんたちに見えるのが最高です。