広東式焼き物をボトルワインで
わずか20年ほど前まで、「中華とワイン」といえば、ホテルダイニングをはじめとする高級店で楽しむものだった。本国を見ても、ワインの普及はここ最近のこと。
「イギリス統治の時代が長かった香港は、比較的早くにワイン文化が根づき、2000年代初頭には、レストランで飲んでいる人をよく見かけるようになった。24年に久しぶりに香港で馴染みの店に行ったら、ほぼ全テーブルにボトルがあったよね」
写真家の菊地和男さんは、そう話す。膨大な渡航回数と食体験に基づく香港の食に関する著書でも知られており、1990年代から『超級(食)香港』(平凡社)などで、いち早く広東料理とワインに着目していた。

菊地さんの監修で今年1月、東京・四ツ谷にお目見えしたのが〈新楽記〉だ。チャーシューに腸詰め、ガチョウのローストといった広東式の焼き物を、ナチュラルワインとともに。かつて外苑前に同じコンセプトの〈楽記〉という店があり、菊地さんも開業に尽力したが、惜しまれつつ6年で閉店する。その楽しみをここに再現した形だ。広東式の焼き物も「香港人のソウルフード」としてたびたび著書で紹介してきた味だ。
〈新楽記〉の料理は80〜90年代の古き良き香港の味によりフォーカスしている。内臓や背脂を重ねて焼く金銭鶏などは「手間暇がかかるという理由で、現地でも消えつつある」と、菊地さん。ワインは、ボトルでの提案が基本と振り切り、値付けはかなり抑えめに。「自分が飲ん兵衛だから」と笑うが、グラスワインが主流になった今、テーブルを囲む仲間と一本を分かち合う楽しみをいま一度、提案する狙いもある。「コースのみ、ドリンクはペアリングで一斉スタートという店の真逆を行きたい。いろんな人が集い、自由に楽しむ場に活気が生まれるから」とも。
カラフェやグラスワインも、常時白赤とオレンジを1種類ずつ用意するが、料理をいろいろと食べることを考えても、人数を集めて出かけ、店内の艶やかな喧噪に加勢するのがよさそうだ。