身近にある素材を使って
生活そのものを青銅に写す
溶かしたブロンズを石膏型に鋳込んで制作する。須田貴世子さんの作品は、イタリア彫刻と同じ鋳造方法で作られる。ダイナミックなものを作るのに適した技法だが、彼女が得意とするのは、家庭にそっと馴染む、風情を与える器やオブジェたち。理由は身の回りにある素材から作品を生み出しているから。
「原型を蝋で作り、金属を通す湯道をつけて周りを石膏で円筒形に固めます。それを600℃くらいで焼成すると蝋が溶け、型の出来上がり。つまり、この温度で溶ければなんでも素材になるんです。食べ終わったブドウの枝などの植物、紙、紐なども蝋にくぐらせれば、型取りができてブロンズ作品になります。そういった普段の生活の中にあるものが作品のもとになっています」
さらに、ブロンズの面白さは仕上げのバリエーションにもある。
「鋳造されたブロンズは、グレーがかった色。この色が好きで、ブロンズ制作を始めたようなものなのですが、その後、酸化させて緑青を吹かせたり、燻して黒くしたりなど、様々な表情がつけられます」
通常は薬品で変化させるが、ここでもできるだけ身近なものを使う。
「特にキッチンにあるものでできないかと、コーヒーかすや味噌や醤油、塩を塗ることも。薬で変化を促すのではなく、塩を塗られたことで肌が侵され、我慢できなくなって緑青を吹いちゃった、みたいな自然な感じが好きなんです。ほかにもワラを燃やした煙で燻したり、土に埋めたり、風雨にさらすことも」
そういったアイデアの源も生活にある。工房の壁には、書き留めたメモやスケッチが何枚も貼られている。
「日常で面白いと思ったことを書き留めるようにしています。例えば無意識になりがちな歯磨き中も、意識を向ければ、面白いことが起こっている。それを忘れる前に文章や絵で、何度も描く。そして、楽に手が動くようになった時、作品につながる線が出てきます。暮らしていることがそのまま作品になる感じですね」
その日々の生活が、数世紀経った未来にも残り、誰かが心を動かしてくれると嬉しいとも思っている。
「自分が作った感覚もなく、できたものを見て、不思議なものができたなあ、と感心することも。土偶や銅鐸などが好きなのですが、これを作った人も自己表現したいとは思っていなかったはず。それなのに、現代まで残って私の心に訴えかけてくる。すごく清々しいし、私の作品もそうなることを想像して楽しんでいます」
暮らしの風景や空気感を変える
機能から解放された日用品
推薦者・広瀬一郎
彼女の作品は明確な用途があるかといえば、そうでもなく、美術品に近いと思います。けれど、これからの時代を考えた時、僕は鑑賞を主とするものでも、生活を豊かにするという意味で、日用品になると考えています。ここ10年くらいでインテリアやファッション、美術といったカテゴリーの垣根がなくなってきました。
暮らしのすべてを作品とする彼女の制作方法もカテゴリーに収まらない、新時代にふさわしい魅力があると思います。