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一級グルメからおばあちゃんの味まで、食べて、飲んで、三重県志摩食い倒れの旅

三重県の志摩市。その魅力は食材が豊富なこと。かの万葉集では御食国(みつけのくに)として朝廷に海産物を納めていたと詠われている。もちろん現在も海の幸に溢れるグルメ天国。牡蠣、アワビ、マグロなどなど、志摩で食いだおれの旅はいかがだろう。

Photo: Yosuke Tanaka / text: Yusuke Nakamura

一級品の食材に舌鼓を打つ

志摩市は磯部町、的矢湾にある〈佐藤養殖〉。ここが運営する〈的矢かきテラス〉は年中、牡蠣がいただける専門のお食事処。特に夏の岩牡蠣は圧巻のビッグサイズで、一口でいただくのは不可能、という幸せ。これまで食べてきた牡蠣はいったい?とすら思える濃厚でフレッシュなミルクも堪らない。これぞ志摩の海の恵み。

そして志摩名物といえば、忘れてならないのは手こね寿司。マグロなどの鮮魚を漬けた丼で、もともとは大漁祝いの漁師飯。甘い酢飯が特徴で、これは漁師や海女さんが、海で塩の口となり甘いものを欲したから、ということらしい。ほんのり甘い酢飯と醤油漬けの鮮魚のバランスがなんとも絶妙。形だけの観光飯とは違う、生きた郷土料理なり。

手こね寿司
手こね寿司はローカルフードの代表格。それぞれの家に伝わるおばあちゃんの味だ。海女さんいわく「その日獲れた魚ならなんでも良い」とのこと。市内にはメニューにラインナップする店も多い。

志摩の町中にある〈丸義鮮魚店〉にはなぜか釣り客も集まる

近鉄志摩線、鵜方駅近くにある〈丸義鮮魚店〉。こちらは伊勢マグロなど地元産の鮮魚から貝、干物まで幅広く扱う町中の人気店だが、高級ホテルにも新鮮な魚を卸すなど、その品質は折り紙付きだ。主に大王町の波切漁港から仕入れられているそう。毎週マグロの解体ショーなどイベントも開催し好評を得ている。

観光客がひっきりなしなのだが、なぜか一般の釣り人も訪れる。三代目の店主・田端義伸さんに聞くと、魚の買取を行っているという。ビンチョウマグロなど、釣ったは良いが、大き過ぎて家に持ち帰れない人もいるそうで、魚の状態によっては購入してくれるというから面白い。また、オリジナルの魚図鑑を作ったり、地元のホテルや旅館の若い料理人に魚を締め方や捌き方をレクチャーするなど、いわば魚のよろず相談所だ。

いま計画しているのは、昔ながらの魚食文化の継承。鰹の尾の骨を昔の漁師が耳かきにしていたことに目をつけ、これを少量ながら生産・販売したいと考える。町の魚屋さんの既成概念を取っ払い、志摩の魚の魅力を伝える攻めの姿勢が頼もしい。

波切の断崖に響く名調子。鰹節はこうして生まれた

伊勢神宮では今も毎朝、神前に鰹節を供えるという。今でこそ枕崎や指宿、焼津が産地として有名だが、昔は黒潮の通り道である土佐、紀伊、伊豆なども一大産地として名を馳せた。今でこそ地元で水揚げした鰹は使わないが、昔ながらの燻し方で、鰹節作りを食文化として伝える小屋がある。

2000年以上も前から御食つ国(みけつくに)と呼ばれ朝廷に海の幸を献上してきた神人共食の文化や、出汁に始まる和食の原風景を、食育の形でレクチャーしてくれるのだ。

「鰹の燻し小屋」を運営する天白幸明さんは、ときにギャグを挟みながらも、分かりやすく、大真面目にエンターテインしながら語りかける。最後に参加者が削った鰹節を、たっぷりかけていただく炊きたて土鍋ご飯が待っている。

重要文化財の建物で鰻をいただく

三重は養鰻業が盛んだった。その名残で鰻店が多いことも特徴だが、伊勢神宮の別宮である伊雑宮(いざわのみや)の鳥居の前にある〈中六〉は格別だ。1929年に旅館として建てられ、2011年には国の登録有形文化財に指定された、歴史ある元旅館の建物でいただくことができる。

鰻丼は、関西風の炭火焼きでパリパリの皮目の香ばしさ、そして脂が乗りつつつも、弾力のある身は食べ応え十分。都内の半額、とまではいかないが、質とこのロケーションにしてかなりリーズナブルなのにも驚くはず。

そして三重といえば松坂牛が有名だが、志摩にもおいしい焼肉屋さんが多い。鵜方駅そばの〈呼子〉は特選黒毛和牛から牛ホルモンまで、家庭的なムードの中で楽しめる焼肉店だ。有頭海老や生ホタテ貝柱などの海鮮メニューがあるのも志摩らしいところ。最後は、常連が必ず頼むという、締めのおむすびもお忘れなきよう。

道の駅から地元で愛される和菓子店まで、訪れるべき店がいっぱい

道の駅はもちろん、和菓子店にベーカリーなど魚介系のみならず、訪れるべき食のスポットが実は少なくない志摩。磯部町にある〈竹内餅店〉の名物は、さわ餅だ。昔から志摩の神事や冠婚葬祭、そして日常のおやつとしても欠かせない伝統の和菓子で、その名は伊雑宮の“ざわ”から取られた説もある。飽きのこない素朴な餅菓子で、地元で食べたことのない人はいないほど、老若男女に愛されている。

阿児(あご)の住宅街にある〈ぱん屋ふじ田〉も地元で愛されるベーカリー。店主の藤田幸男さんは「志摩観光ホテル」で46年間、パンを焼き続けた職人さんで「ホテルの味を地域の皆さまにも」と独立開業。人気はホテル時代からの定番、ハードロールでどんな料理にも合う、軽い食感がクセになる。たくさん買っていく方がいるのもうなづける。

お土産買うなら、これがオススメ

さすがは食材の宝庫だけあって、志摩のお土産は迷いに迷うけれど、例えばこんな変わり種をオススメしたい。三重県立水産高等学校が地元の企業と共同開発する、まぐろのパテの缶詰やカレーなどの加工品も外せない。カレーは高校の海洋科の学生たちが実習で一本釣りした鰹が使用されているそうだ。

そして、地元ならではの人気B級グルメと言えそうなのが、あられ。伊勢志摩を中心に展開するスーパー〈ぎゅーとら〉のあられコーナーの充実っぷりがその人気を物語っている。その数30種以上。塩や砂糖を入れて、夜食などで、あられ茶漬けを楽しむのがお決まりなのだそうだ。

22時半を過ぎたらママが送ってくれるスナック

スナックサマンサの外観
鵜方駅近くの前川沿いに夜の帳が下りると、スナックの看板が目に入ってくる。

志摩の夜は早い。24時間営業でないコンビニもある。そんな真っ暗な鵜方の町で向かうはひとつ、スナック。スナック集合ビルの2階にある〈サマンサ〉は、ちょっとテレサ・テンのようなフィリピンから来たママがいる志摩のホットステーションである。

軽快なお喋りも楽しいし、この日、小腹が空いたといえばナポリタンを作ってくれた。鰻、あわび、マグロ、鰻、とラスボスのような大物で混み入った胃袋に効く、優しい味なのが嬉しい。

そして、驚いたのは最終的にママが自分の車でホテルまで送ってくれるサービスがあること。店の少ない地方ではスナックが夜のすべてをまかなう、と言われるが、こんなサービスは志摩ならではかも知れない。ありがたいし助かった。

名古屋、京都、大阪から近鉄特急で2~3時間。海の幸から夜の幸まで、志摩の食の魅力を目一杯堪能する、こんな欲張りなグルメ旅はいかがだろう。