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鹿肉に目覚めた女性猟師・中村まや。北海道広尾町で命と向き合う

東京で出会った彼女はとても華奢で、原宿の街に溶け込むオシャレな女性。しかし、大きくて重い猟銃を抱えたなら、野山を歩き、仕留めた鹿を運び、解体する立派な猟師だ。ほぼ高齢の男性が占める猟師の世界に足を踏み入れた、中村まやの素顔に迫った。

photo: Kayoko Yamamoto

「牡鹿になりきるんですよ」。中村まやは、鹿のような目でこちらを見ながら、真顔で言い放つ。繁殖期の山では、牡鹿が雌鹿に求愛するときの鳴き声を模した笛で、別の鹿を誘き出すコール猟なるものが行われる。

「鹿は縄張り意識が強いんです。自分の縄張りに他の牡鹿が入ってきて、雌鹿に求愛しようものなら、排除しようと姿を現すんですよ。時には雌鹿の鳴き声に似た笛を使うこともあります。鹿の習性を利用しながら、駆け引きをするんです」

中村まや(猟師・編集者)がコール猟をする様子
コール猟はまさに鹿の気持ちになって笛を吹く。常日頃、鹿の鳴き声に耳を澄ませていろんな鳴きのパターンを習得しないと、実際に鹿を寄せるのは難しい。

猟師を目指した理由を尋ねると、シンプルに「おいしい鹿肉に出合ったから」と答えた。宮城で生まれ育ち、地元でグルメ情報を扱うウェブメディアの営業に。異動で東京に引っ越してからは記者をしながら、数々のレストランや料理人、生産者を取材してきた。やがて素朴な疑問が彼女の中で大きくなって、進むべき道が見えてきたという。

「スーパーに行くと、たくさんの種類の野菜や魚が並んでいて、中には天然物が存在しますよね。でも、肉だけはなぜか畜産のものに限られるし、それが当たり前の世の中。ジビエ料理に出合ったときに、お肉にもたくさんの種類があって、しかもそれぞれが力強い味わいを持っていることに驚いたんです」

中でも鹿肉のおいしさに魅了されていくうちに、ひとりの腕利き猟師の名前を耳にするようになったという。

「いくつかのレストランでおいしい鹿肉を食べたときに「これは小野寺(望)さんという猟師が精肉した鹿だよ」と聞いて、会いに行きたくなったんです。農業や漁業って、なんとなく想像できる部分はあったんですが、狩猟に関しては分からないことだらけだったんですよね」

よく、食べやすい味わいに

思い立ったら行動。とあるイベントで小野寺さんに「猟師になりたい」と思いを伝えてみた。しかし、狩猟の世界はそんなに甘くないと、あっけなく心をポキッと折られたという。

「そのときはまだ編集の仕事をしていたんです。そこで、まず狩猟免許を取る覚悟を決めました。受験勉強をやるとなったら、会社のデスクトップの待ち受け画面も狩猟鳥獣の画像にして(笑)。結局、27歳でなんとか猟師免許を取得し、改めて小野寺さんがいる宮城県石巻に会いに行ったんです。最初は『お前には厳しい世界だ』と思われていたんですよね。私、負けん気が強いので、絶対に一人前になってやろうって思いました」

猟では命と向き合う。仕留めた鹿はまだ体温が残るうちに運び、水を使って熱を冷まし、素早く血抜きする。そして皮を剥ぎ、肉を部位ごとに分けていく。害獣駆除を仕事として利益を得る人、畑を荒らされるなどして自分の土地を守るために猟をする人、趣味の人。いろんな目的の猟がある中で、自分は何のために、どんな道具を使って、どんな考えを持って命と向き合うのか。自問自答を繰り返したという。

「常に命と向き合いなさい」と教えてくれる小野寺さんの猟は、とても潔い。なるべく鹿を苦しませずに急所を1発で仕留める。そして、少しでもおいしくいただけるように、素早く捌いて、丁寧に下処理を施す。猟のやり方や精肉について尊敬するのはもちろん、ダメなことはダメだと愛情を持って叱ってくれる小野寺さんは、お父さんのよう。人生の先輩として、中村まやにとってかなり貴重な存在だ。

「尊敬する猟師に認めてもらえるように腕を磨き、自分の解体施設を持って四季折々の鹿肉が楽しめるようにするのが目下の目標です。北海道の広尾町に移住したことで害獣駆除に挑戦できる環境が整い、解体施設にちょうど良い場所も見つけ、少しずつ前進しています。今は編集者としての収入が9割くらい。そもそも鹿を殺してお金にすることが最大の目的ではないし、たくさん獲りたいという欲もないのですが、おいしいジビエを食べたいし、食べたいと言ってくれる人に届けたいという願望があります」

猟師5年目。教科書があるわけでもなく、実地訓練の連続。獣道を見分けたり、足跡で動物を判別したり、フンの大きや乾き具合から個体を想像するなど、そのすべてが大事な情報だ。季節や土地によって動物の動きも違えば、先人からの口承による猟法もある。大自然と向き合う中で学ぶことは多い。2年を過ぎたあたりからますます山にたくさん入る必要性を感じるという。

「山菜も採れば天然のお肉もいただく。四季折々の変化を敏感に身体で感じ取りながら暮らしています。変な話、猟の間はトイレなんかないですからね。自分が排泄したものも大自然の一部となって、すべてが循環していく。そんな経験、都会にいたらないですもん。まさに『生きてる!』っていう実感に満ち溢れているんです」

猟銃所持の資格も3年ごとの更新があったり、現場では仕留めた鹿を運ぶなどの力仕事が多かったり、ここには書かないまでも想像を絶する大変なことが多いという。それでも、続けるのにはもう一つ大きな理由がある。

「広尾町で猟をするときは、おじいちゃん猟師(で漁師)と一緒に行動することが多いんです。広尾町だけでも半年間の目標駆除数が約1400頭(!)。そのうち400頭ほどを仕留める凄腕なんです。でも、猟師の高齢化は実際に差し迫った問題。

長年猟師をしてきたプロと一緒に山に行けることってすごく貴重だと思うんです。この知識や想いを受け継いで、私が授かってきた鹿を丁寧に処理して、食べた人においしいなあ、元気をもらえるなあ、って笑顔になってもらえたら嬉しいです」