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SFを愛しSFに愛される男。俺たちのキアヌ・リーヴス論

SFを愛しSFに愛される男、キアヌ・リーヴス。長身とクールなルックス、迫力あるアクションシーンでハリウッドスターとなった彼と、SF世界の奇妙な関係性とは。サイバーパンクマニアのクリエイティブディレクター本山敬一が展開する、極私的なキアヌ論。

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text: Shun Takeda / edit: Neo Iida

SF映画俳優と聞いて僕が真っ先に思い浮かべるのが、キアヌ・リーヴス。意外かもしれませんが、彼こそSF映画に愛されてきた存在だと思っていて。まずなんといっても最初の主演ヒット作が、SFコメディ『ビルとテッドの大冒険』なんですよ。

『ビルとテッドの大冒険』
映画『ビルとテッドの大冒険』
監督:スティーヴン・ヘレク/1989年公開/カリフォルニアの高校生2人が、電話ボックス型のタイムマシンを使って奇想天外な冒険を繰り広げる。「クールで抑制的な演技でその後評価されていくキアヌが、全身で感情を表現した例外的な作品。主人公たちが披露するエアギターが、その後のブームを作ったことでも知られています」

彼のスター俳優としてのキャリアは、実はSFからスタートしていたんですね。そして、キアヌの名を一躍世界に広めた『スピード』。SFではないけど、以降のキャリアを形作った重要な作品です。ここで、本格的なアクションができる俳優であり、またクールで抑制の効いた演技が得意だと認識された。この2つの特徴こそ、キアヌとSFを結びつける重要なファクターだと言えます。

SF映画におけるアクションの重要性は言わずもがなですが、ある種の神秘性も同時に重要。『2001年宇宙の旅』や『コンタクト』などの魅力を支えていたのは、科学の果てのスピリチュアルで神秘的な設定や演出です。そこに、キアヌの抑制の効いた演技がハマる、というわけです。

また、中国系ハワイアンである祖母を持つ彼は、アジア系としてのアイデンティティを大事にしてきたとTV番組で話しており、実際どことなくアジア的なムードを携えている。キアヌという名前もハワイの言語で「山頂からの涼風」を意味しているらしく、オリエンタルで禅的なイメージをまとっています。『リトル・ブッダ』でブッダ役のオファーがあったのも、この神秘性が理由でしょうね。

そんな彼の神秘性がSF作品に表れたのが『JM』です。原作はウィリアム・ギブスンの短編『記憶屋ジョニイ』。ギブスンといえばサイバーパンクの金字塔『ニューロマンサー』。冒頭がチバシティから始まるのが印象的でした。

『JM』
映画『JM』
監督:ロバート・ロンゴ/1995年公開/原作はサイバーパンクの祖、ウィリアム・ギブスンによる短編『記憶屋ジョニイ』。2021年の世界を舞台に、脳にチップを埋めた機密情報の配達員の活躍を描く。「SF作品は、映像化に苦労する。予算や技術の問題もあって、広い画(え)を撮るのが難しい。悪い作品ではないが、苦戦の跡を感じる」

日本やアジアが舞台という流れからオリエンタルな要素が必要で、彼の出演は必然だったとも言える。SFとキアヌの相性の良さを、何よりサイバーパンク=キアヌというイメージをじわりと推し進めました。

もう一方の特徴である本格的なアクションは、『マトリックス』や『ジョン・ウィック』のメインエンジンといってもいい。『マトリックス』はマーシャルアーツ的な動きを取り入れていて、のちにアクション映画『リベリオン』に影響を与えたといわれています。

本作では、黒い衣装に身を包み前髪を上げた主人公のクリスチャン・ベールが、ガン=カタという武術を駆使する。このガン=カタは二丁拳銃と東洋武術を組み合わせた架空の戦闘術です。このアジアンな組み合わせは、『ジョン・ウィック』における射撃とカンフーを織り交ぜたガン・フーアクションにもつながります。

そもそも『ジョン・ウィック』は一般にはSFとされていませんが、モーフィアス役のローレンス・フィッシュバーンなど『マトリックス』のキャスティングと重なっていることもあり、キアヌ、SF、オリエンタルなアクションの系譜を星座のように結ぶことができる。

俺たちのキアヌの所以(ゆえん)は東洋的神秘性と救世主感

そういえば、彼は幼少期に観たサニー千葉(千葉真一)の映画からアクションを学んだと公言していることもあり、西洋から見た東洋的神秘性との結びつきも、改めて強く感じることができます。

『ハリー・ポッター』や『スター・ウォーズ』の主人公のように、売れたことで過去作のイメージがついてしまう俳優もいますよね。でも、キアヌにはそれがない。

なぜなのかと考えた時、彼が演じてきたキャラクターに共通する「救世主像」が浮かびました。『リトル・ブッダ』は文字通りのそれですし、『マトリックス』のネオは、キリストと重ねて語られることも多い。救世主=人知を超えた人、と捉えると、何を考えているか想像できない畏怖の対象として『ジョン・ウィック』の存在も当てはめることができます。

彼の生育史を眺めると、レバノン生まれのカナダ育ち。デザイナーの母と世界各地を移動して暮らした時期があるようで、巡礼者の旅のようにも思える。演じてきた救世主的なキャラクターの受難に彼自身のそれが重なって、なるほど、どうりでぶれないわけですよね。

性格を表す数々の聖人君子的なエピソードや、ラフな格好で町中を歩く姿はさらに救世主的イメージを増幅させます。ポジティブなネットミーム化や「俺たちのキアヌ」感も、ここから生まれているのではないでしょうか。

アクション、神秘性、救世主感。これらの特徴が見事に結実したのが、傑作ゲーム『Cyberpunk 2077』であり、彼の演じたジョニー・シルヴァーハンドというキャラクター。サイバーパンク=キアヌの方程式を90年代にすでに描いていた『JM』への25年越しのアンサーとして捉えることもできます。

『Cyberpunk 2077』
ゲーム『Cyberpunk 2077』
開発:CD PROJEKT RED/2020年発売/未来都市ナイトシティで、主人公V(ヴィー)を操り自由度の高い冒険を体験できるオープンワールドアクションゲーム。「ギラギラ輝くネオンと、企業による広告に彩られる町並み。これまで映画で描き切れなかったサイバーパンク都市の魅力を、初めて視覚的に表現し尽くした傑作だと思います」

近年のキアヌは俳優だけでなくコミック『BRZRKR(バーサーカー)』の制作を手がけるなど、作家としても活動中。これは半神半人・不死の戦士を主人公としたSF的作品で、設定もビジュアルもまるでキアヌ。すでにNetflixが映像化の権利を取得し、スピンオフ的な小説を自ら共同執筆しているそうです。

キアヌは、どの時代にもSFから愛されてきました。そんな彼の存在を的確に表現したのが『マトリックス』のパンフレットにギブスンが寄稿した、「真なるもののヒーロー」というエッセイ。あの巨匠がこんなことを書いていたのかと驚きました。最後に紹介します。

キアヌが演じるネオは僕の最高に愛するSFのヒーローだ。無条件に

『スキャナー・ダークリー』
アニメ『スキャナー・ダークリー』
監督:リチャード・リンクレイター/2006年公開/実写映像をトレースするロトスコープで制作。ドラッグ「物質D」の蔓延する社会で、麻薬捜査官がネットワークに潜り捜索を進める。「原作はフィリップ・K・ディック『暗闇のスキャナー』。彼はサイバーパンク映画の金字塔『ブレードランナー』の原作者でもあります」

キアヌ代表作年表

映画パンフレット
『JM』『マトリックス』などリアルタイムで買った私物のパンフレットは資料価値も高い。
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