ソウルにて、もしも朝から肉のスープが食べたいと思ったら、間違いなく行くべき店が1軒ある。韓国の古い街並みを保存する美観地区として、最近はシャレオツなギャラリーや飲食店などが立ち並ぶ、三淸洞というエリアに、シャレオツとはまったく関係のない店が1軒、ひっそり佇んでいる。
旨いものセンサーというものがあるのならビンビン反応しそうな外観。店の引き戸を開けると、これまたいかにも旨いものを出しそうな、おばあさん3姉妹が朝の8時からスタンバっていてくれる。
店の名前は〈ブヨン・ドガニタン〉、メニューは牛のアキレス腱部分を煮込んだドガニタンと呼ばれるスープと、その肉のみの2種類。当然、朝飯にはスープがいい。韓国の飲食店は、カニのケジャン(醤油漬け)ならそれのみ、サムギョプサル(豚の三枚肉の焼き肉)ならそれだけを出す専門店が多くあり、何でも出す店よりも当然、ある一品を追究した店の方が旨いに決まっている。
この店も、ドガニタンで勝負している。選ぶ素材はすべて国産。牛肉も歯応えのある韓牛だ。韓国の男が男らしいように、韓国の牛肉も実に牛肉らしい強さを持っている。とにかくいい肉を使い、おばあさん3姉妹が丁寧に作るスープが旨くないわけがない。余分な脂は抜けているので、味はサッパリしている。
観光客目当てでないので安い。英語は通じないが、おばあさんの温かみがビシビシ伝わってくる、そんな旨い朝飯を出す店がソウルにはたくさんある。
〈ブヨン・ドガニタン〉のドガニタン
30年間作り続ける、透き通った肉のスープ
もともとは店主のパク・ジョンオッさんが、家族のために作り始めたドガニタン。韓国ではメジャーなスープで、牛肉のアキレス腱を野菜と一緒に4〜5時間煮込む。余計な脂は抜かれ、コラーゲンがたっぷり入った滋養スープでもある。
ジョンオッさんが、お店を始めたのは30年前の50歳の時。近所でも評判の自家製スープを、皆に食べさせてあげたいという思いから。80歳になった今でもその気持ちは変わることなく、家族が食べても安心な肉と野菜を使い、丁寧にスープを煮込む。変わったのは、ご主人が亡くなり、2人の妹が店を手伝うようになったことくらい。小腹が空いた朝にはちょうどいい、サッパリした肉のスープ。
〈スッアチェ・コンナムルクッパ〉のコンナムルクッパ
もやしのクッパがこれほどまでに旨いとは!
実は今回の2泊3日ソウル取材の旅で3回も行ってしまったのが、この旨すぎる豆もやしクッパの店〈スッアチェ・コンナムルクッパ〉。もやしのクッパっていったら、まあ大体一緒だろうと思うかもしれないが、それは大間違い。
まず、ここの豆もやしはただ者ではない。豆が大きくサクサク&ホクホク。海産物をベースとした秘伝のスープは、コクがあって他店の追随を許さない貫禄。ご飯と卵が投入され強火で仕上げられた熱々のクッパに、自家製のアミの塩辛と青唐辛子で味つけしていく。
16年前、もともとホテルのシェフだった店主が店をオープン。1日に500杯もオーダーが入るクッパのほかに、緑豆のチヂミがまた旨い。
〈松竹(ソンジュッ)〉のチョンボッ・ネチャン・チュッ
緑色のお粥の正体は、アワビの肝
こちらはスープではないが、1968年創業という歴史あるお粥の専門店〈松竹〉。専門店だけに、お粥のバリエーションは常に10種以上と充実。
その中でも、ちょっと贅沢な朝粥にチャレンジしたいなら、お店イチオシのアワビの肝入りのお粥をチョイスすべし。店主の出身である済州(チェジュ)島で水揚げされた、ミネラルやビタミンを大量に含んだコリコリのアワビを使用。もち米とうるち米をブレンドしたものを、牛骨のだしで煮込み、そこにミキサーですりおろしたアワビの肝をミックス。
卵の黄身とゴマ、刻み海苔を加えて完成。見た目は驚きの緑色だが、一口食べれば、今まで頑張ってきた人生のご褒美に相応(ふさわ)しい朝の味といえる。
〈ムギョドン・ブッオグッチプ〉のブッオグッ
これぞ、ソウルのソウルフード的なスープ
韓国で散々旨いものを食べて帰ってきた食通の友人に、結局何が一番旨かったか尋ねると、この店のタラのスープと言う。大概の韓国料理は日本でも食べたが、このタラのスープだけは別格だったという。
その話が忘れられず、訪ねた今回、確かに旨かった。そしていい店だった。牛骨などで12時間煮込むだしに熟成した干しダラを加えたスープは白濁しタラのいい香りが漂う。
店主のジン・クァンジンさんの話が印象的だった。「自分も貧しい時代があったから、お金のない人の気持ちはよくわかる。おいしいものをできるだけ安く、お腹いっぱい食べてもらいたい。だからうちのスープは何杯お代わりしてもらってもいいんだ」