よくぞ名づけたり、「のんびり酒場」。言い得て妙。地球儀に扇風機、ミシンに古本……。時間が止まったような不思議な調度品を、まずは一つ一つじっくりと噛み締める。懐かしいような、どこかで見たような。だんだん、気分がのーんびりしてくる。
以前はよろず屋だったというカウンターに店主・伏谷淳一さんが立つと、ランダムに置かれたごとき品々が、ピタリとあるべき場所に置かれていることがよくわかる。

店主がさりげなくワインを注ぐ。ボトルのエチケットを見て驚く人も多いだろう。え、あれ、ええっ⁉農楽蔵(のらくら)⁉なかなかお目にかかれない、ワイン好き垂涎の函館産ワインだ。「まぁ、ウチのハウスワインです」と店主、豪気に笑う。ワイナリー〈農楽蔵〉佐々木賢さん、佳津子さん夫妻との熱き縁あってのことという。何とありがたい店か。
店主が店を開くまでの紆余曲折。仙台に開業が決まったホテルに就職し研修のため東京の本店へ。ところが、空が見えない、海の香りがしない、満員電車にもみくちゃにされる。もうだめだ。これ以上いたら病気になる。1年で仙台に戻り、8年ホテルマン生活を送る。その後、レストラン勤務を経て、2008年、料理人の妻と2人で開業。
きっかけは、本誌『ブルータス』のワイン特集だったという。居酒屋でサラリーマンたちがワインを飲む写真を見て、「ワインってハレの日に気取って、だけじゃなくて、ケの日に酒場で飲んでもいいんだ」。その光景に後押しされて始めた店の名は、店主のニックネーム、ニコと妻・千春さんの名を合わせてニコルとした。
開店当初から自然派ワインのみ。東京でもまだまだ認知度が低かったワインに、客はとまどった。こんな濁ったワインが飲めるか、金返せ。そんなことも言われた。だが、ニコさんは自然な造りのワインにもっともっと親しんでほしかった。がぶがぶ飲んでほしいと思っていた。
震災もあり、子供ができたこともあって、2012年からは店を一人で切り盛りすることに。調理も担当することになったニコさん、郷土料理の掘り起こしを始める。町ごと海にさらわれてしまったところもある。でも受け継がれてきた味を知っている人はいる。訪ねていって教わりもした。


「三陸の料理文化を伝えていきたい。浜で食べられている漁師料理のおいしさを温度差なく出したい」。
こうしてニコルの料理に大きな柱ができた。例えば、南三陸の漁師料理、タコのだし醤油漬け。タコの足1本を焼いて丸ごとだし醤油に漬け込んだものだ。薄切りにして、白菜の漬物を添える。ひじきを添えるときもある。
例えば、東松島・東名(とうな)の朝獲りの牡蠣(かき)。漁師をしているニコさんのいとこから預かったものだ。地元の料理に合う地元の純米酒もちゃんと用意してある。
客は自然と郷土料理に親しむ。これがまた、しみじみと味わい深い。味わいながら胸が熱くなる。飄々(ひょうひょう)とした風貌と朴訥な語り口のニコさんの、郷土愛とナチュラルワイン愛、漁師料理愛がじわじわと胃袋に染み入ってくるからである。
