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劇にこだわる脚本家・金子茂樹が歩む、ドラマ道とは

『俺の話は長い』『コントが始まる』など、近年立て続けに話題作を生み出し、ドラマ好きの間で再注目を集めている脚本家・金子茂樹さん。名前は知っているが、過去の作品まではちゃんと把握できていないという視聴者もまだ多いのではないだろうか。そこで今回、金子さん本人にこれまでの経歴と脚本へのこだわりについて伺った。

Photo: Aya Kawachi / Text: Daisuke Watanuki

そのキャリアは、華々しくも謎めいている?

実は脚本家になるまでの道のりは想像以上に紆余曲折で……。

「サッカーが好きでしたので、大学生の頃はサッカーライターになろうと思っていました。その分野で存在感を発揮するためにはスペイン語を話せたら有利なのではと思い立ち、すぐに大学を中退してスペインに向かいます。そこでは現地にサッカー留学に来ていた日本人選手のインタビュー記事をスポーツ雑誌で書かせてもらえる機会にも恵まれました。

その時は憧れの世界で夢が叶ったという思いがありましたね。ただ、サッカー選手が身一つで評価されているのを目の当たりにしてきたことで、自分自身はこのままでいいのかと葛藤が生まれてしまった。日本に帰国したのは22歳の時。その後、29歳頃まではほぼニート状態でした。

情けない話、20代で年収100万超えたことはなかったですね。毎日、暇ですから、とりあえず昼間に喫茶店に行くんですよ。そこで自分がやりたいことをノートに書き出していました。自分が好きなことはなんだろうと考えた結果、まずは書くことでしたので、小説家という職業も検討しました。

しかし、実際に小説を書いてみたら2、3枚しか書けなかった。小説にするということの難しさを悟り、その後、脚本家を視野に入れました。シナリオ賞の応募要項を調べてみると60分という作品規定があり、小説は無理でもこの長さならなんとかなるかなと。

そして『テレビ朝日新人シナリオ大賞』に応募してみたのですが、その時は一次審査すら通らなかったですね。そこでいったんは脚本家も諦めています。いや、この話は長すぎるな……。時間、大丈夫ですか?」

ニートから脚本家へ

もうお気づきの人も多いだろうが、金子さんはこれまで『俺の話は長い』でニート生活を謳歌していた主人公・満を地で行く人生を送ってきていたのだ。ここまで世間一般で言うダメ男エピソードも満載で、まだ何者にもなれていないが……すでに続きが気になって仕方ない。

さぁ、このどん詰まりの人生がこの先どう変化していくのだろうか。転機は突然訪れる。
「しばらく日雇いのバイトをしながら友達と飲みに行く生活を続けていたのですが、飲みの席で知り合いから、宣伝会議の『CMプランナー養成講座』を勧められました。ほぼニートで時間はたっぷりありますから、それもありかなと思い受講を決めました。

その時の講師の一人で、CMプランナーの箭内道彦さんとの出会いが大きかったですね。箭内さん自身がコンペの審査をする際に、どういう作品が心に残るかという話をされたことがあり、その内容があまりに腑に落ちた。おかげで、審査員の目に留まる脚本というものを徹底的に作ってみようと思えました。ちょうど講座を受けた10日後に『フジテレビ ヤングシナリオ大賞』の締め切りを知り、なんとか書き上げて応募しました」

まだ名もなき人間がドラマを作る時、チャンネルを変えられずに視聴者に観続けてもらうにはどうしたらいいのか。飽きないようなセリフや展開をどう入れ込むのか。もし自分が審査員だったらどこを評価するのかを意識し、理詰めで書き上げたのがデビュー作『初仕事納め』だった。

金子さんは同作で第16回フジテレビ ヤングシナリオ大賞を受賞。その後の活躍は連ドラ年表(下記)を参照してもらうとわかる通り、数多くのヒット作を生み出すこととなる。こう見るとデビュー後からずっと華々しく活躍をしているようにも思えるが、どうやらこれまでずっと脚本家としての苦悩を抱えてきたらしい。

「もともとドラマを好んで観てきた人間ではなかったせいか、当時はずっと自分の職業である脚本家のことを、隙間産業だと思っていました。本当に文章に自信がある人は小説を書くだろうし、映像が好きな人は映画を作るじゃないですか。それに当初はよく監督やプロデューサーとぶつかることもありましたね。

実績も信頼もないうちから、作りたい方向性が違うと、この脚本は僕じゃなくてもよくないですか?ということを平気で口走っていた。自分のやりたいことやこだわりが強く、曲げたくなかったんです。今思うと、それで〝なんだコイツ〟と興味を持っていただけた部分もあったかもしれませんが、今は考え方をいろいろと改め、反省しています(笑)」

脚本家・金子茂樹の連ドラ年表

2005年:『危険なアネキ』出演:伊東美咲、森山未來ほか/フジテレビ

2007年:『プロポーズ大作戦』出演:山下智久、長澤まさみほか/フジテレビ

2008年:『ハチミツとクローバー』出演:生田斗真、成海璃子ほか/フジテレビ

2009年:『ヴォイス~命なき者の声~』出演:瑛太、石原さとみほか/フジテレビ

2013年:『SUMMER NUDE』出演:山下智久、香里奈ほか/フジテレビ

2014年:『きょうは会社休みます。』出演:綾瀬はるか、福士蒼汰ほか/日本テレビ

2016年:『刑事バレリーノ』出演:中島裕翔ほか/日本テレビ、『世界一難しい恋』出演:大野智、波瑠ほか/日本テレビ

2017年:『ボク、運命の人です。』出演:亀梨和也、木村文乃ほか/日本テレビ

2018年:『もみ消して冬~わが家の問題なかったことに~』出演:山田涼介、波瑠ほか/日本テレビ

2019年:『俺の話は長い』出演:生田斗真、安田顕ほか/日本テレビ

2021年:『コントが始まる』出演:菅田将暉、有村架純ほか/日本テレビ

会話劇で勝負をしたい

脚本家・金子茂樹という名を広く世に知らしめた作品といえば、生田斗真主演のホームドラマ『俺の話は長い』だろう。今作はタイトルが示す通りの会話劇で、クセが強い登場人物たちのセリフの掛け合いが醍醐味のドラマだった。

主人公は屁理屈がうまく、何か気になることがあれば滔々と自説を語る、めんどくさい性格の持ち主。だが、観続けていくうちにいつの間にか愛すべきキャラクターに思えてくるから不思議だ。

テレビドラマ『俺の話は長い』
TVドラマ『俺の話は長い』
”もしかしたらなんですけど、世界から戦争をなくす秘密兵器って、コタツなんじゃないですかね”

「オリジナル作品でホームドラマを作りたいと思っていました。そこで久しぶりに生田さんに会った時に、厚かましくもまるで昔の自分を見ているような気がしたんです。不器用でひねくれているけど、こだわりが強く、熱い思いを抱えているところにシンパシーを覚えました。さらにプロデューサーの櫨山裕子さんから〝普段金子くんがしゃべっていることが面白いから、自分のことを書いてみたら〟と提案してもらったことも大きかったですね」

本作を機に、会話を重視する金子さんの作家性はより際立つものとなる。これまで何本も脚本を書いてきているが、実はストーリーというものにはあまり興味が湧くことはなく、本当はただ会話を書ければいいと思っていた節があったという。

「食卓とおしゃべりが切り離せないホームドラマは、会話劇の最たるものだと思います。今作は自分が本当にやりたかった会話のキャッチボールを、一番いい形で昇華できた作品だった。鍋を囲んでご飯を食べているようなシーンはいくらでも湧き出てきて、書いている間はずっと楽しかったです」

また、今春放送された5人の若者による群像劇『コントが始まる』も視聴者から熱い視線を送られる作品となった。
「当初はオーケストラの指揮者の話で動いていました。その企画で編成まで通っていたのですが、どこがモヤッとしている自分もいて。それをなにげなくプロデューサーの福井雄太さんに話したら〝100%金子さんが乗れる作品でなければうまくいきません。やめましょう〟と言ってくれたんです。

進んでいた企画をひっくり返して作ったのがこの作品でした。ただ、真っすぐな青春群像劇は今の時代は響かないだろうとどこかで感じていました。まずは観てもらうためにギミックを用意しないといけない。そこで考えたのがコントの仕掛けです」

コントが物語の伏線となる構成はもちろんのこと、本作も登場人物たちのセリフが大きな話題となった。取るに足らない、大きな事件が起きない毎日を肯定してるような会話に、胸がすく思いがしたり、心の引き出しにしまい込んでいた感情を思い出した視聴者も多かったことだろう。なにげない日常のやりとりで積み重ねられた言葉の数々は、金子脚本の真骨頂。まさに会話劇の妙だ。最後に、次に手がけてみたい題材を伺ってみた。

「ドラマティックよりも、やはりホームドラマがやりたいですね。それが一番会話で勝負ができ、自分も楽しめ、登場人物を生かせる気がします」

デビューからラブコメ作品を多く手がけてきた金子さん。『プロポーズ大作戦』のヒット後、しばらくラブストーリーのオーダーばかりの状況が続いていた。しかし本人いわく「ラブストーリーが得意なわけではない」とのこと。どうしたら自分が興味を持てるようなラブストーリーを作れるかという意識で、脚本を書き続けてきた。

脚本はオリジナル作品へのこだわりが強く、断ってきた仕事も多くあるのだとか。それも日本テレビの櫨山裕子プロデューサーとの出会いにより、心境が少し変化する。「最初に一緒に手がけた『きょうは会社休みます。』は漫画原作のラブストーリーですが、櫨山さんからの依頼だったから受ける、と覚悟して挑みました。

一度こだわりを呑み込んでみたら柔軟になれたのか、仕事がしやすくなりましたね。そして嬉しいことにそこからはオリジナルで声をかけていただける打席も増えてきた」と金子さん。ちなみに作品作りにおいて意識していることはずっと変わらず「地元や大学の友達が面白がってくれる作品を作る」ことなのだそう。どうやら優秀な審査員が身近にちゃんといるようだ。