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きっと誰もがそう思う。こんな野球映画は観たことがない。

独創的な映画作りで注目を集める、映画製作集団“オムネス・フィルムズ”の創設者のひとり、カーソン・ランド。彼が監督した長編デビュー作『さよならはスローボールで』には、野球の本来的な魅力だけでなく、いまや失われつつある贅沢な時間と空間が記録されている。

photo: Tetsuo Kashiwada / text: Yusuke Monma

取り壊しが決まった、地方球場での最後の試合。だが映し出されるのは、草野球チームの熱戦の様子、なんかではなく、フィールドやベンチでの雑談だったり、場外ののんびりした風景だったりする。

こんな野球映画は観たことがない。
「まさにそれが狙いだったんだ。まったく新しい視点で“野球とは何か”を見せることが」と監督のカーソン・ランドは言う。

「野球は単なるスポーツ以上のもので、社会的かつ文化的に意義のあるものだと思う。僕は野球経験者だけど、球場でチームのみんなと会うことがストレスの発散になっていたし、通りすがりの人も含めて、球場はさまざまな人と触れ合うきっかけをくれた。試合展開の遅さにも詩的な豊かさがあって、球場にはみんなと社交したり、風景に注意を払ったりできるような、静かな時間が流れている。だから僕は、他の野球映画が野球をバックグラウンドにストーリーを物語るのとは違い、野球そのものを映し出したかったんだ。でも野球が提供してくれるそういった価値が、近年では見過ごされてるんじゃないかな」

そう、この作品が優れているのは、野球の本来的な姿を描くことにより、スピードや効率を重視し、せわしない日常を人々に強いる、現代社会に問題を提起している点だ。

「私たちの生活のスピードはますます速くなり、インターネットを介して、あらゆる空間に同時に存在できるようになった。私たちはつねに何かに気を取られている。そんな状況に対して、野球はその場所で、そこにいる人たちと一緒にしかできない。それは一種のメディテーション(瞑想)でもあると思うんだ。でもそんな贅沢な時間と空間は、いまや失われつつある。例えばピッチクロックは、野球の実存的な危機だよ。僕はこの映画を通して、“私たちはいまどんな時間の使い方をしているのか”“私たちはいま何に価値を置いているのか”をあらためて考えてもらいたいんだ」

とはいえ、いくら独創的で上質な作品でも、現在インディペンデント映画の製作は世界的に困難な状況にある。そのためランドと仲間たちは、ロサンゼルスを拠点に映画製作集団“オムネス・フィルムズ”を立ち上げ、2024年のカンヌ国際映画祭には本作をはじめ、ふたつの作品を出品した。

「僕たちのプロジェクトは、ハリウッドメジャーの考え方からすると、商業的に見込みがないと思われているかもしれない。でも現代社会の、とくに若い人たちの疎外感には強く訴えているはずだし、商業的にも必ずやっていけると信じている。だからこのまま僕たちのやり方で進んでいきたいと思ってるよ」

映画『さよならはスローボールで』の監督、カーソン・ランド