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澤村伊智が手繰り寄せる、活字に宿る怪異

2015年のデビュー以降、現代ホラー界を代表する作家となった澤村伊智。伝統を受け継ぎつつ、必ず現代的な視点を盛り込む、いわばホラー文学史の縮図とも言える澤村作品をテキストに、活字による恐怖の潮流を辿る。

photo: Hikari Kouki / text: Unga Asamiya

ホラーミステリー

2つの世界の融合が新しい恐怖の扉を開く

謎めいた恐怖を描くホラーと、合理精神に端を発するミステリー。一見水と油のように見える2つのジャンルだが、実は血を分けた兄弟の関係にある。『モルグ街の殺人』でミステリーを創始したポオが、恐怖小説の巨匠であったというのは象徴的な事実だろう。ホラーとミステリーは時に接近し、時に反発しながら、怪奇幻想の歴史を築き上げてきた。

近年我が国では両ジャンルの融合がさらに進み、「ホラーミステリー」と呼ばれる作品群がトレンドとなっている。例えば『緋色の囁き』などでいち早くホラーミステリーに取り組んできた綾辻行人の『Another』は、ホラーとしてもミステリーとしても抜群の完成度を誇る傑作だ。

澤村伊智もミステリーの手法を意識的に取り入れている作家の一人。トリッキーな叙述でラストのどんでん返しを演出するテクニックは、ミステリー読みからも高く評価されている。横溝正史にオマージュを捧げた『予言の島』などはその好例だ。

そんな卓越したミステリーセンスはデビュー作『ぼぎわんが、来る』にもはっきりと表れている。章が変わるごとに事件の見え方が変化するツイストの効いた構成は、ロバート・ブロックの名作『サイコ』を思わせる大胆さ。予定調和を排除した油断のならない展開で、衝撃的なストーリーを生み出している。

象徴的な作品

澤村伊智の作品

『ぼぎわんが、来る』澤村伊智/著

感染

ウイルスのように拡散する感染系ホラーという悪夢

ホラークイーン・貞子を生み出した鈴木光司の『リング』には、ウイルスのように拡大していく呪いを扱ったホラー──感染系ホラーのパターンを確立したという功績もある。超自然的な災厄が文章や動画などを介して無差別的に広がる感染系ホラーは、『リング』以降、それこそパンデミックのように流行した。呪いの伝播を扱った小松左京の『くだんのはは』のような先例はあるものの、感染系ホラーをメジャーにしたのは、間違いなく『リング』だろう。

このパターンが広く受け入れられたのは、謎解きへの興味やサスペンス性の強さに加え、読者もまた呪いの当事者になるかもしれないという身近な怖さ(“不幸の手紙”に似た怖さといってもいい)があるからだろう。『リング』フォロワーの中にはパターンをなぞっただけの安易な作品もあるが、『のぞきめ』の作者である三津田信三はメディアを介し広がる呪いを繰り返し取り上げ、感染系ホラーの可能性を探究している。

澤村伊智の『ずうのめ人形』は、この流れを強く意識した作品だ。都市伝説の呪いに感染したある登場人物が、『リング』をなぞった行動を取るという展開からもそれは明らか。作者はあえて手の内を明かすことで、「『リング』とは違うことをやってみせる」と宣言しているのだ。受け手と書き手の成熟を感じさせる挑戦だ。

象徴的な作品

澤村伊智の作品

『ずうのめ人形』澤村伊智/著

幽霊屋敷

最も近くて、怖い場所。進化する幽霊屋敷小説

近年のホラー界における最大のトピックといえば“事故物件”だろう。特に、事故物件住みます芸人・松原タニシや、事故物件サイト・大島てるの人気により、“怖い家”がかつてない注目を浴びている。

が、そもそも物件ホラーは近代ホラー小説の源流となった18世紀のゴシックロマンス以来、脈々と書かれ続けてきたもの。中でも革新的だったのが、スティーヴン・キングが1977年に発表した『シャイニング』だ。

呪われたホテルを舞台としたこの長編は、クラシカルな幽霊屋敷が現代的なテーマ(ここでは家族の危機)を盛るのにふさわしい器であることを世界に示した。以来、各国のホラー作家が独自性のある幽霊屋敷ものを発表。小池真理子『墓地を見おろす家』、加門七海『203号室』が国産作品では代表的だろう。

霊能者姉妹が活躍する人気シリーズ第3作『ししりばの家』において、澤村伊智もこの伝統ある題材を取り上げている。登場するのは関わった人を操り、虜(とりこ)にしていく、砂の積もった一軒家だ。ザリザリという砂の描写は、安部公房の『砂の女』を彷彿とさせるような不快感。ありふれた住宅街に立つ家がなぜ閉ざされた異界になったのかという部分にも工夫が凝らされ、着想の妙が光っている。令和モデルの幽霊屋敷に、ぜひ足を踏み入れてみてほしい。

象徴的な作品

澤村伊智の作品

『ししりばの家』澤村伊智/著

土俗

横溝正史がもたらした衝撃。日本で栄える土俗系ホラー

『ミッドサマー』がヒットし、いわゆるフォークホラーに世界的注目が集まった昨今。我が国でも『犬鳴村』など、土俗テイストの色濃いホラー映画が作られているが、こうした動きの背景を考えるうえで無視できないのは、『獄門島』に代表される横溝正史の金田一耕助ものだ。封建的な価値観の残る村を舞台に、奇怪な連続殺人を描いた金田一シリーズは、日本人の心に“怖い田舎”のイメージを焼き付け、以降小説やコミック、映画、ネット発祥の怪談にまで受け継がれていく。

岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』と三津田信三『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』は、どちらも現代作家によって書かれた土俗ホラーの重要作だ。明治期岡山の山村生まれの女性が味わった地獄を描く『ぼっけえ、きょうてえ』と、横溝ミステリー的世界観を一層おどろおどろしく描いた『厭魅(まじもの)の如き憑くもの』。方向性こそ異なるものの、両者には横溝の遺伝子が受け継がれている。

澤村伊智の『予言の島』は『獄門島』などを念頭に置いて書かれた土俗ホラーミステリー。予言の舞台となった島の閉鎖的な集落で、相次いで奇怪な事件が起こるという展開はいかにも横溝風だが、読者を挑発するかのような展開が待ち受けている。土俗ホラーカルチャーの存在を前提に書かれた、作者らしい異色作だ。

象徴的な作品

澤村伊智の作品

『予言の島』澤村伊智/著