元気炉。聞いただけでワクワクして、ちょっと元気な気分になるグッドネーミング。文字通り人を元気にするアート作品であり、上質な薬草スチームサウナなのだ。制作したのはドイツ・カッセルで5年に1度開催される世界最高峰の国際美術展『ドクメンタ15』(2022年)に日本から唯一招聘されたアーティストである栗林隆さん。
「20年以上前からタイ式の薬草スチームサウナが好きで、いつか作品にしたかったのですがタイミングがなかったんです。3・11以降、福島に通うようになって、原発問題をずっとネガティブなものとして見ていたけれど、見方を変えるとポジティブなものになることがわかったんです。
ネガティブなものをポジティブに変換する方法はないかと考えている時に、富山での個展の話と、薬草スチームサウナのアイデアと、原発事故から10年というすべてが重なって、元気炉が生まれました。原発を否定するというわけじゃないんです。原子炉から元気炉へ、アートを通して元気に健康になってもらおうと」
栗林さんは東日本大震災以前から原発の危険性を訴え活動をしてきた。3.11以降は原発事故を題材にした作品を制作し続けてきたが、それまでの作品が原発事故をネガティブに捉えていたものだとしたら、ポジティブに変換した形が元気炉なのだ。
2021年の冬に富山県の〈下山芸術の森 発電所美術館〉にて元気炉を体験したのだが、まず、その巨大な姿に驚いた。内部に入り回廊を通って中心部へ。サウナ室はヒノキ材を用いた六角形の部屋で、真っ白な蒸気で満たされていた。いい香りがする蒸気の源は外に設置した釜で、パイプを通してさまざまな薬草を煎じたエキスの薬草スチームが次々に送られてくるシステム。
「日本は薬草天国。例えばヨモギやビワの葉などの身近な植物も実は薬草なんです。そんな忘れられつつある伝統的な薬草文化もアートを通して体験し、知ってもらえるし、もう一つ面白いのは、蒸気で視覚的な情報が遮断されることでの効果。五感がものすごく敏感になるんです」
確かに、サウナ室の中にいると絶え間なく薬草スチームが送られてくるのだが、1m先も見えない空間の中で嗅覚が鋭くなり、「あ、レモングラスが来た!」「これはホーリーバジルだな」と、即座に感じることができるのだ。呼吸も深くなり、薬草エキスを体内にどんどんと摂り込んでいく感覚が楽しい。
「高温サウナはあまり好きじゃないんです。いわゆる高温サウナの多くは短い時間で汗などを“出す”行為なのに対して、薬草スチームサウナは低温(70℃ほど)設定だから長い時間をかけ、全身で薬草エキスを摂り入れる行為なんです」
元気炉には、副産物としてお茶がある。釜でさまざまな薬草を一緒に煎じてできたブレンド薬草茶だ。十分に蒸された後、水風呂に入り風に吹かれ、表面が冷えた体の中心部に、温かい薬草茶が流れ落ちていく感覚はたまらない。内も外も薬草まみれになれるのだ。おいしくて気持ちいい。この感覚はこれまで味わったことがなかった。
「元気炉は2つのコミュニティを生みます。外では火を囲みお茶を飲んだりして一つのコミュニティができ、内のサウナ室には別のコミュニティができ、その境界がやがて混じり合います。それから、元気炉はアートとサウナの境界を溶かすんです。サウナ好きはサウナに入りに来たけどアートに興味を持ち、アート鑑賞に来た人は元気炉に出会うことでサウナに興味を持つというわけですね。
体験すると元気にもなってしまう。元気炉はこれまで4号機まで制作して、姿は異なりますが“アートを通して元気に、健康に”という目指すものは同じで、もっと増やしていきたい。今、鎌倉で5号機、北海道で6号機の話が進んでいます。最終的には日本に60基ある原子炉の数を超えたいですよね。でもそんなこと言っていたら、あと100年くらい生きないといけないか(笑)」
元気炉2号機、3号機、4号機!
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