フィンランドの地方都市・タンペレとユヴァスキュラの中間に位置する、ヤムサ市郊外。パイヤンネ湖畔の一角に広がる美しい花畑には、いくつものログハウスが立ち並ぶ。まるでRPGでパーティが訪れる村のような佇まいのここは、フィンランドでも珍しいスモークサウナだけを集めた屋外博物館〈Saunakylä(サウナキュラ)〉だ。
サウナ文化の火を
絶やさぬために
前身となる「ムーラメサウナ博物館」が誕生したのは、1980年代初頭。当初は5、6個のスモークサウナしかなかったが、フィンランド各地から26軒ものサウナを集めるまでになる。しかし、観光目的で建てられた博物館の経営状況は芳しくなく、85年にあえなく倒産。集められたサウナ・コレクションはムーラメ市に委譲。時は経って2010年、ついにムーラメ市も経済的負担が大きくサウナを手放さざるを得なくなる。
市のプロジェクトが打ち切られたら、それまでに集められたサウナはどうなってしまうのか。地方紙で状況を知ったヤムサ市在住のイルッカ・シレン(Ilkka Silen)さんとサイヤ・シレン(Saija Silen)さん親子は周りのサウナ好きに声をかけ、市のコレクションを買い取るべくサウナ協会を設立。2015年、「サウナの村」を意味する〈サウナキュラ〉がオープンする。
18世紀に建てられた小屋も。
実際に入れるよう少しずつ修復
以前は見学のみだったが、「自分たちが引き継ぐ際、単に見世物としてスモークサウナを置くのではなく、生きた文化として次世代に記憶を伝えたい」と考え、来場者がサウナに入れるようにした。と言われてもピンと来ないかもしれないが、最も古いサウナは18世紀に建てられたもので、それ以外も19世紀末から20世紀初頭という年代モノばかり。
当然、サウナとして利用するには大規模な修繕が必要となる。しかし、できる限りオリジナルの道具や工法で建物を復元することにプライドを持っているため、作業は遅々として進まない。修繕が完了しても、今度はストーブを温めるスタッフが必要。寄付なども集めてはいるが、フィンランド政府からの支援はなく、今に至るまで必要な資金も人材もボランティアで賄っている。
忍耐強く文化を守るのは、
誇りとサウナ愛に他ならない
そうまでして運営するモチベーションはなんだろうか。サイアさんに問いかけると、少し間をおいて「……Sisu(シス)」という答えがかえってきた。
フィンランド在住コーディネーターで、当日の通訳も務めてくれた「サウナ文化研究家」のこばやしあやなさん曰く「シスを日本語に訳すのは難しいのですが……自国の文化に対する誇りや努力、我慢強さ。なによりもサウナへの愛ですね」と教えてくれた。
季節、時間、気温、誰とともにするのか。同じサウナでも、条件が違えばまた別の体験を提供してくれる。ましてや〈サウナキュラ〉は、いつでもすべてのサウナを温めているわけではない。だからこそ、何度でも通いたくなる。ここは、サウナ好きが冒険を進める上で必ず訪れなければならない「村」なのだ。